[新聞記名記事(コメント引用は除く)]

@ 「まず敏感に、そして鈍感を目指す」
  (『朝鮮新報』、2003年7月4日)
A 「同床異夢の友好交流−連戦国民党主席の中国訪問−」
  (『北海道新聞』早版、2005年4月29日)
B 「中台関係の新関係を読む」
  (『北海道新聞』夕刊・文化欄、2005年6月1日)
C 「歴史問題で『底線』作れ」
  (『朝日新聞』夕刊・文化欄、2005年6月7日)
D 「注目! 今月の論考」
  (『朝日新聞 夕刊』、2006年5月30日)
E 「新たな発見期待」
  (『毎日新聞』大阪本社版、「清の対日史料1万2000点」に対して、2006年7月22日)
F 「清末の対日外交に迫る−東大の日中共同研究の意義」
  (『毎日新聞』<夕刊>、2006年8月14日)
G 「注目! 今月の論考」
  (『朝日新聞』夕刊、2006年11月29日)
H 「過去と現在の境界探る」
  (『朝日新聞』<論壇時評>、2007年5月31日)
I 「グローバル化と民意の間」
  (『朝日新聞』朝刊、<論壇時評>2007年11月29日)
J 「近現代の北東アジア」
  (『東京大学新聞』2410号、2008年1月1日号)
K 「『蒋介石日記』スタンフォード大で公開」
  (『朝日新聞』朝刊、2008年1月23日)
L 「馬英九総統−「台湾化」「経済回復」の重責」
  (『読売新聞』2008年3月31日)
M 「台湾断交―マラウイ 中国資金の魅力」
  (『読売新聞』<アジア・スコープ>、2008年5月5日)
N 「日中交渉 地味だが70の外交成果」
  (『読売新聞』2008年6月2日)
O 「金門島―境界域 中台関係の縮図」
  (『読売新聞』2008年7月7日)
P 「北京五輪 過去と未来の分水嶺へ」
  (『読売新聞』、〈アジア・スコープ〉、2008年8月11日)
Q 「見えぬ中国像 「かくれんぼ」もう潮時では」
   (『讀賣新聞』2008年9月8日、アジアスコープ)
R 「歴史認識問題―統一より多元性の許容」
   (『讀賣新聞』<アジア・スコープ>、2008年10月13日)
S 「台湾・馬政権―試される『目に見える成果』」
   (『讀賣新聞』<アジア・スコープ>2008年12月1日)
21 「わたしの3点」
   (『朝日新聞』<論壇 回顧2008>2008年12月6日)
22 「中国も不況 就職難 学生に格差」
   (『読売新聞』、<アジア・スコープ>2009年1月12日)
23 「北東か東北か―地域の名称は意識的なもの―」
   (『讀賣新聞』<アジア・スコープ>2009年2月16日)
24 「経済不況の中国―求められる『改革と開放』」
   (『讀賣新聞』<アジア・スコープ>、2009年3月16日)
25 @「華夷秩序と冊封・朝貢」(2009年10月22日)、A「明治日本と清の力関係」(10月23日)、B「最初の歴史教科書問題」(10月26日)、C「記念碑の記憶」(10月27日)、D「日中の軍事交流の歴史」(10月28日)、E「多元的空間を一元化」(10月29日)、F「外国語を話す中国人」(10月30日)、G「国際連盟での日中関係」(11月2日)、H「歴史力が国の礎に」(11月3日)、I「連続性の観点 重要に」(11月4日)
   (『日本経済新聞』、「近代東アジア国際関係の源流」―[やさしい経済学―「社会科学」で今を読み解く(10回連載)])
26 「[識者評論] 中国人船長釈放」
  (共同通信配信、『北海道新聞』、『四国新聞』、『熊本日日新聞』、『山陽新聞』、『岩手日報』、『高知新聞』、2010年9月25日)   
27 「尖閣諸島をめぐる対立 中国外交と日本の立ち位置」
   (『東京大学新聞』〈論説空間〉2010年12月14日)