日本台湾学会第5回学術大会(2003年6月4日、於関西大学100周年記念会館)
第3分科会「法学博士岡松参太郎と台湾総督府の立法政策」でのコメント内容
川島真
9:30〜11:50 於第2会議室
(午前1セッション企画)
企画責任者:春山明哲(国立国会図書館)
座長:春山明哲
報告者:岡松暁子(国立環境研究所)「岡松参太郎の生涯と関係文書について」
浅古弘(早稲田大学)
「岡松参太郎の学問と政策提言――後藤新平との関係を中心に――」
岡本真希子(専修大学非常勤講師)
「臨時台湾旧慣調査会の組織運営と調査方法
――岡松参太郎と旧慣調査会の関係を中心に――」
春山明哲「『台湾統治法』と『台湾私法』について
――台湾総督府の立法政策をめぐって」
コメンテーター:川島真(北海道大学)、駒込武(京都大学)
(1)岡松文書のコレクションとしての性格について
今回の報告は岡松文書にどのようなものがあって、どのような研究が可能となるか、またこれまでの研究で不明とされていた点の何がわかるかということであった。だが、文書群全体を見る場合、なぜこのような文書がこのようなかたちで残っているかを考えねばならない。そこで、第一に「これだけ網羅的に残されているのに、ないもの」についてうかがいたい。それがわかってこそ、文書の性格が見えてくるのだろう(⇒春山先生向け)。次に、岡松自身、どうしてこれだけのモノを残したのか。性格と言えばそれまでだが、習慣とか、意図はあったのか(⇒岡松先生向け)。
(2)岡松にとっての「台湾」経験
近代日本法史を俄勉強してみると、最近は植民地法制への関心、華北、満洲、朝鮮、台湾での調査の経験が重視されてきているようではある。しかし、それでも「××教授は、民法学の…において大きな功績が認められる。ところで××教授は■■での調査において活躍され」というように、「ところで」というかたちで、日本法史と切り離されて論じられることが多いように感じられる。評者はこの「ところで」に注目したい。この断層を如何に埋めるのかということが今後の課題であろうが、今回の御報告をうかがっていて、以下の二点が大切であると考える。第1は、官側に接近しすぎた東大を批判した「学問の淵叢」としての京大に身を置きながら、岡松が調査に加わった際に、「学問的関心」を条件としたことである。事実、岡松は調査結果を報告するときにも、「支那法」への関心を明言し比較法研究者として実地調査をおこなったとしている。第2は、常に先端を求めていたということである。日本民法への不満が台湾での法「建設」に向かう原動力であったのか。第3は、こうした学問的関心がその後、如何に展開するかということである(これが質問)。すなわち、たとえば比較法的関心が次第に法社会学に転換するとか、台湾法での調査結果が日本法や岡松の学問にフィードバックすることがあったのか(⇒浅古先生への質問。
(3)史料利用の可能性−台湾の台湾研究−
岡本論文、春山論文で多少触れられていたが、この史料を、昨今進展著しい台湾における台湾法史の研究動向と如何に絡めるかということがある。日本植民地史、日本法制史という枠内での論点はわかるが、台湾における法史との関係、可能性についてうかがいたい(⇒岡本、春山先生への質問)。