2003年6月28日−29日・於 国士舘大学
東アジア近代史学会・歴史資料セッション
文書公開状況から見た東アジア現代史研究の将来像
−日本現代史研究への憂慮−
川島 真
T.課題設定
(1) 東アジア近代史学会では「史料の共有化」を目指して議論を重ねてきた。
(2) 当初は東アジアに対して「史料の共有」を呼びかけるような意識があった面がある。しかし、実際には日本の史料公開(「内への公開、外への公開」)こそが問題であり、その問題を把握し、解決に努めることが共有化にとっても必要なプロセスとなることが浮上。
(3) だが、このような「問題」は日本では依然認知されず、研究者の多くは、日本の優位性を信じ、現状をそこまで疑わない面があるのではないだろうか。
(4) これは具体的な史料公開状況ということだけでなく、制度、法全体に関わる話であり、「国立公文書館法」、「情報公開法」、「個人情報保護法」などが組み合わさることで、日本の文書行政は、「研究者にとって」きわめて憂慮すべき状況になっているのではないか。
(5) おそらく、研究者と社会との関わりが問題となるのであり、文書史料公開を座視していたのでは、文書は次から次へと(いままで以上に)廃棄されていく。これからは、自ら文書を獲得する、文書公開を促すなど、何かしらの働きかけをしていかなければならなくなる時代に入ったのではないかという印象。
(6) このような事態は、ほかの東アジア諸国、あるいは欧米先進国と比べて、きわめて憂慮すべき事態。文書公開のたびに研究史が動く(最初アメリカの文書公開、それによる研究がのちの西欧諸国の文書公開で塗り替え)昨今、Archival Hegemonyとでも言うべき、まさに文書をきちんと保存し、公開する国の歴史観が強く反映する歴史叙述が進められてきている。日本は、最早、自国の現代史に対してさえ、発信力を失ってしまったのではないか。
(7) 「将来への説明責任」もまた現代社会に求められるのではないか。納税者・主権者の立場からすれば歴史文書の公開は、二の次になる。また行政官僚は制度や法に従って瑕疵なきように運用するだけである。歴史研究者は、歴史研究者として社会へ働きかけ、研究資源を守り、得ていくことが求められているのではないだろうか。そうして初めて東アジアでの「史料の共有化」が図れるのではないか。
U.東アジアの文書行政
◆台湾の档案管理局
◆中華人民共和国「档案法」の検討
V.日本の情況
◆日本における制度的問題性
(1) 国立公文書館法
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各省庁が文書の処分権を有し、文書館側にそれが無い。省庁側の裁量がきわめて大きく、文書館側の裁量、省庁に対する権限は小さい。台湾であれば、国家档案管理局が文書処分権を有しており、各省庁は同局の許可を得ないと処分できない。
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「歴史」文書としては、決裁文書だけを保存することになっており、それ以外は保存対象となっていない。政策の決定過程を保存対象にするということではない。
(2) 情報公開法
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前提として、歴史文書などは上記の国立公文書館法で解決済みというところから出発していること。
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この法律は基本的に「知る権利」と「アカウンタビリティ」を基礎としており、歴史研究など研究者が研究のために用いることは想定していない。
(3)個人情報保護基本法
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プライヴァシー保護が原則
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マスコミ、地方自治体などについては例外的に請求権があるが、研究者という範疇は特に設定されていない。
⇒(1)(2)(3)を組み合わせると、制度的な整備状況は十分とは言えない。
⇒(2)が試行されるにあたり、大量の文書が「処分」されることになった。
⇒現在でも(2)(3)の組み合わせ(たとえば、整理中+1年廃棄、再求権の有無など)により、現場の判断で請求をかわすことが可能。
⇒研究者の権利は?
◆日本における文書状況(特に政府の情況 ⇒ 地方自治体の取組みは中央に先んじている)
⇒戦前のもの:外務省外交史料館、防衛庁防衛研究所、国立公文書館
(公開・利用という観点ではアジア歴史資料センターの試みは重要)
⇒戦後は???
「1945年」以後は「連続している」という意識から、公文書館に移管しない傾向があるのでは?…「歴史」「過去」はいつからか?(ただし宮内庁では、1868年が画期)
⇒ 現用文書の範囲の問題。
◆このような情況で「戦後日本政治(行政)史」は描けるのか、という疑問。
◆問題解決への道筋
(1) 研究者の側の問題
(2) 第三者機関の設置
(「省庁が文書を第三者機関に移管し、その機関が保存の程度を判断し、そのうえでアーカイブに」ということが可能か。)