近代中国東北部文化国際研討会参加記録
2004.9.13−15、長春日中友好会館
川島 真
国際日本文化研究センターと吉林省社会科学院が共同開催した「近代中国東北部文化国際研討会」に参加した。中国東北部の近代は、「満洲国」の建国に至る過程の中に位置づけられる側
面が強いが、その「文化」については、これまで十分に検討されてきているわけではない。また、「文化史」の方法論についても十分練られているわけではなく、何重かの意味でこのテーマの難しさを実感した。
例えば筆者自身が報告した「偽満洲国的広播政策」についても、ある種の政策や制度面については一応整理できても、結局のところ「ラジオ」によってはじめて説明できているところはどこなのか、ドイツのナチス研究で用いられた方法論をそのまま活用することに意味があるのか、そしてラジオが中国人社会といかなる関わりをもったのかという根本的な部分について、結局のところ聞き手側に選択権があるラジオを「強制力」という観点からいかに位置づけるのかという問いがうまれてくる。強制力があまり無いとすれば、政治宣伝工具としてのラジオのもつ重要性がどの程度であったのか疑わしいということになってしまう。
また、会議での議論それ自体は「満洲」の傀儡性、日本の支配の不法性を訴えるものがおおく、近代性はもとより、帝国全体のありかたや、当時の中国社会全体の姿などを描こうとするものは、中国側からは見られなかった。このあたりは、じっくりと待つ必要があるだろう。
他方、この学会の一つの「目玉」は東北地区の作家たちから話しが聞けるということであった。彼らが、「抵抗しようにもできなかったが、文面でその意思を(検閲にはわからないように)示した」などと口々に述べるのを耳にし、「漢奸」であるか否かという是々非々、白黒論ではなくて、支配下の静かな抵抗を中国社会が認知する方向に動いていることを実感した。
夕食時にある「満洲作家」と同席したので、ラジオについて聞いてみた。「ラジオ?聞いていたよ。ソ連からの中国語放送をね。みな隠れて聞いていた。え?満洲国の放送?誰もそんなもの聞かないよ。」ラジオ研究は聴衆を捉えてこそ、と思っている。そうした意味では、こういった聞き取りが重要になっていくのだと考えている。(了)