2009年度前期課程・東アジア国際政治史採点講評(200989日)

川島 真

 

170枚を超える採点を終えました。優が39%、良が55パーセント。これで全体の94パーセントを占めています。可が6パーセントです。残念ながら不可が2名出ました。御一人は回答字数が少なく、点数を上げられなかった方。いま一人は同じ部から二問選んでしまっている方です。こちらの方の場合、点数が良ければ減点措置にしようかと思いましたが点数が低すぎました。実際、指定した問題以外を回答してしまった方で、点数が良かった方には50点ギリギリの点数を差し上げました。なお、点数には授業での課題の5点分のほか、全員に5点のゲタをはかせました。以下、およその講評です。

 

第一部

1.      冊封・朝貢関係と互市の関係について、中国と日本、朝鮮の相違点をまとめてみよう。

 この「と」は外して、「中国、日本、朝鮮」と読むようにということは授業で二度も伝えた。冊封・朝貢・互市それぞれについて定義し、それぞれの国の近世における対外関係を整理し、19世紀末以後の変容の相違点を記せばいい。  

2.      明治期の国家形成と条約改正交渉は、いかなる関係にあるのか。

    平均点が比較的高かった問題。条約改正の在り方を紹介し、日本のケースについて、行政権と司法権の関係と交渉対象の変容を明示し、最終的には議会開設が解決を促したことを纏める。また、この過程に於ける日清関係にも言及する。

 3. 1880年代の朝鮮半島をめぐる情勢はいかなるもので、なぜ日清戦争は起きたのか。

    この問題は極めてできがわるかった。東アジア国際政治史ということで、授業で中国側の視線をずいぶん話したのに、日本側の観点だけで書かれている答案が少なくなかった。そして、「なぜ」に対して明確に回答せず、だらだらと経緯だけを書くものが少なくなかった。 

 41910年代の中国をめぐる国際政治において、日本が突出していく過程と列強の対応をまとめなさい。

    そもそも何から突出するのか明示する。21カ条要求と西原借款、そして英仏とアメリカの対応の相違などをまとめたうえで、中国側の対応にも触れる。

第二部

 5. ワシントン体制はいかに形成され、どのように変容していったのか。

    ワシントン体制形成の背景として、東アジアの国際秩序と日英同盟に触れ、各条約の内容を整理したうえで、そこにおける問題点、つまり独ソ、そして広東政府のことなどに触れる。そして1920年代の東アジア国際政治の変容や、中国の状況、日米英関係の変容などでまとめる。この体制がどこで崩壊するのかについては諸説あるので、適宜根拠を挙げながら説明すればいい。

 6. 沽停戦協定から盧溝橋事件にいたるまでの4年余りについて、断絶説と連続性がある。双方の論点と根拠を調べた上で、自分の意見を述べよう。

    これは最もこたえやすい問題。断絶説、連続説それぞれの根拠や内容がどの程度詰まっているか、また自説を展開する際にトートロジーになっていないかといったことが採点基準。

 7. 日中戦争とアジア太平洋戦争にはどのような関連があったのか。

    意外にできがわるかった問題。日中戦争で双方が宣戦布告をしなかった理由。蒋介石が日ソ開戦を望んでいたこと。そして、蒋介石による戦争の国際的な解決。さらには日独伊の関係、第二次世界大戦の勃発と日本の仏印進駐、日米関係の変容と真珠湾攻撃、といったあたりを整理しながらまとめればいい。

 8. 出題せず

第三部

 9. 日本の戦後復興にはどのような国際政治上の背景があったのか。

    不思議な答案が、特に理系で数多くでまわったためか、点数が例年よりもずいぶんと下がった。最初にモデルを作った学生の責任は大きいし、写した側の責任も大きい。特にアメリカの事情だけで書いた答案の点数は低い。東アジアの冷戦の形成+権力の空白から説き起こし、国共内戦、朝鮮戦争について説明し、最終的には対日戦後処理がいわゆる歴史認識問題をはじめとする問題を残したことまで説明できればいい。

10. 1950年代の日中関係について、「中国問題」をめぐる国際的な動向を踏まえてまとめてみよう。

       中国問題とはそもそも何かをまとめた上で、朝鮮戦争の影響、東アジアにおける冷戦の形成、サンフランシスコ講和会議、日本の対中講和、さらには対中華人民共和国貿易関係とチンコムの問題などが整理できればいい。

11.中ソ対立は東アジアの国際政治にいかなる影響を与えたか。

       中ソ対立の経緯、そして中国と西側諸国との関係、文化大革命、反共連合の動向、さらにはダマンスキー島事件と米中国交正常化といったことがまとめられればいい。

12.東アジア諸国の経済発展と民主化の関係について論じなさい。

    冷戦の崩壊(動揺)とアメリカの対世界民主化政策という大枠を抑えたうえで、韓国、台湾などを事例に挙げながら、開発独裁と民主化の関係を論じる。1980年代後半をハイライトにし、中国の状況も取り上げる。

13.  冷戦の終結は東アジアにどのような変化をもたらしたか。朝鮮半島、台湾海峡を事例として考察しなさい。 

    38度線と台湾海峡を残しながらも、それを超える試みが数多くなされていることだけでなく、地域統合の問題や日米安保の変容などについても触れる。