アジア政治論第1回講義〈質問表への回答〉
1.講義の方法などへの質問・要望
〈中国(台湾・香港を含む)?〉
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本学の留学生のウェブサイトで、「中国(台湾・香港を含む)」という表記について、台湾が中国の一部であることを含意しているのではないかという「疑惑」が無記名で提起されています。 (川島本人より) |
このような大学の授業のシラバスの文字句をとりあげて「疑惑」などとする言論があることじたい、台湾が昨今多くの友人を失っていることの原因であり、また何もかもが選挙化する社会現象(政治的立場をすぐ追及する、白黒つけたがる)の発露だと思います。留学先の北海道大学においてでさえ、こういった論陣を、それも本人ではなく、ウェブサイト上でやろうとするような姿勢について、小生は極めて遺憾です。ここは、台湾国内の政治をもちこむところではないし、政治をおこなう場でもありません。「川島は実は統一派であった」などと騒ぐつもりですか?『蘋果日報』でも『大成報』でもそういったことは書かないでしょう。いずれにしても、私は政治心情のために研究しているわけでも、授業をしているわけでもありません。研究や教育は、特定の政治的立場のためにあるのではありません。こんなことは当たり前でしょう。
しかしながら、日本において「中国(台湾)」という表記が台湾人の心に強く響いていることは確かであり、表記に対して敏感に反応することは十分に理解できます。この点はかつて外国人登録証明書などでもそうなっており、最近では中国と表記され、それも台湾ではすでに存在しない台湾省から来たということになっています。これは、「(台湾が中国の立場の一部であるという)中国の立場を理解し、尊重する」という日中間の約束事に依拠しています。またメディアにおいても、台湾をめぐる地名は極めて曖昧であり、「中国側から抗議があるから」という理由で、中国にあわせているところがほとんどです。これは確かに調整の余地があるかもしれません。そして、改善できるものなら改善しなくてはいけません。(…ところで外国ではどうなっているのですか。TAIWANと堂々と公文書に書いているところはどれだけあるのでしょう。国交のない中華民国パスポートに堂々とビザを押す日本も結構大胆なほうな気がしますが。通常国交がない場合には別途「渡航証」を発行し、ホッチキス止めします。また国交がない地域?国?の人々?国民?にノービザで入国させることも極めて稀です。)
ただし、北海道大学では、様々な留学生の立場に配慮し、修士や博士の学位記について国籍欄を自己申告制とし、「台湾」でも大丈夫なようにしました(台湾人で「中国」を選択することももちろんできます。そういう主義の人もいますから。台湾人だから「台湾」にせよというのも、逆の強制だと思います)。98年のことです。このようなことを実施している大学は、どれくらいあるでしょうか。調べてみてください。また北海道大学法学部は、日本で最初に台湾の国立大学と学部間協定を締結した学部です。いまでは普通になっていますが、台湾との交流を始めるのはとても難儀でした。それをやってきたのが北大法学部です。
しかし他方で、日本にとっては中国との関係も極めて重要だということもあるのです。小生もそうです。中国も台湾もともに重要な研究対象ですし、多くの友人がいます。台湾の人たちとともに、中国の人たちの気持ちも理解し、斟酌しなくてはならないのです。北海道大学もまた、今年三月に台湾大学と全学交流協定を締結しつつも、中国の吉林大学、北京大学、北京科技大学、復旦大学、浙江大学などとも全学交流協定を締結し、積極的な交流計画を育んでいます。
「あなたは台湾支持ですか、それとも中国支持ですか」などという問いは(私的にはあっても)公的には愚問です。当事者以外である外国人は、(「国民」としては)自国の国益に即して答えるだけです。研究者個人としてはバランス感覚に依拠して答えるだけです。当然です。台湾人が、海外において、こういった白黒のつけかたで外国人の人格を判断したり、つきあいを決めていくとしたら、(台湾内ではそれが通用しても)友人を失っていくでしょうし、せっかく外国に来ても広い視野を得られなくなってしまいます。これは中国の人にとっても同様です。あなたたちの立場を変えるようにと言っているのではありません。まずは自分自身を相対化しましょう。自分に対して客観的に、批判的な視線をもちましょう。
さて、上記の中国(台湾・香港を含む)というのは、中国を主たる対象としながらも、同時に台湾や香港を対象として一部含むということを含意していますから、それで台湾や香港が中国に含まれるということは日本語の読みとして妥当ではありません。ここに韓国を含むとか、シンガポールを含むなどしても、おかしいとは思いません。中国を中心としつつも、台湾や香港も扱うということです。
また「中国(台湾・香港を含む)」というところだけを取り出して、台湾や香港が中国に含まれると「読める」とするのはなかなか厳しい読みだと思います。仮にそう読めるとしましょう。そうなると、「中国・台湾・香港」が妥当だということですね(マカオがないというご批判はありえます)。でもこれは難しいですね。「中国・台湾・香港」だと三分の一ずつ対象を扱うということになりますし。「中国・台湾」とすれば半々ですから。しかし、香港や台湾をそこまで多く扱いません。まあ、「・」で列記しても、三分の一ずつであるとは思わない、という人もいるかもしれませんが、「・」で併記すれば内容的・比重的に同等と見られるのが通常と考えます。しかし授業は9割が中国ですから、「中国(・台湾)」になりますね(授業の9割を中国にすることじたいが問題で、中国・台湾を半々にすべきだという批判はまた別に可能と思いますが、これはこちらの自由でしょう)。でも「中国(・台湾)」としても、また台湾をカッコ内で扱ったから中国の一部分だと言われてしまうのでしょうか。授業の9割を中国、1割が香港、台湾の場合、どう表記しましょうか。スラッシュを動員して、「中国(9割)/台湾・香港(1割)」ですか?でも中国に帰属した香港と台湾を同列にすると叱られますね。「中国(香港を含む)(9.5割)/台湾(0.5割)」が妥当なのですね。きっと。この問題は、政治的立場とかいうことではなく、こういう次元の問題です。しかし、「李下の冠、瓜田の靴」ということはありますから、無用な反論をするのを防ぐために、今後は注意しましょう。
ところで、「中国」という概念はどのようなものでしょう。これだけで博士論文が書けそうですが、岩波の『現代中国辞典』の「中国」という項目を見てください。これは小生が院生時代に執筆したものです。中国という言葉には、地理的概念、政治的概念、文化的概念の三種類があるとされています。調べてみてください。これらと「台湾」はどう関わるのでしょうか。その場合の「台湾」は?地理概念(金馬含む?)、政治概念(中華民国政府と同義?)、それとも文化概念(台湾文化?)でしょうか。
また、現在、台湾を台湾として国際的に承認している国家は世界にひとつもないということにも留意が必要です。台湾を承認している国が世界に二十数カ国あるというときには、中国を代表する政府として中華人民共和国政府ではなくて、中華民国政府を政府承認している国が二十数カ国ある、ということです。台湾を台湾として承認するということは、国際的にまだおこなわれていないのです。これは1970年代以前、すなわち台湾が国際連合の安全保障理事会の常任理事国であったときもそうです。あれは、あくまでも中国を代表する政府として中華民国政府代表が国際連合に出席することが認められていたということです。台湾が台湾として国際的に認知されることは、(いくら台湾内において普通であっても)世界ではそれだけ微妙で、難しいことなのだということも、客観的に把握してください。そうした国際的な状況の中で、(特に法学部の法的、政治的な立場から見て)台湾が台湾として認知されるためにはどうすればいいのでしょう。「おかしい」「間違っている」「台湾は台湾だ!」と叫び、いたずらに攻撃を加えるだけでは実現困難でしょう。(小生がそうするべきだという意見をもっているとは言いませんが)よく考えてみてください。さらに余裕があれば、国交もない状態の中で、緊密な経済文化交流を維持していくために、どれだけの人々がどれだけの努力を払いながら台湾と関わっているのか、それだけの装置や制度をつくり、普段に調整し、動かしているのかということにも思いを致してください。国交のある国同士の通常の交流よりも、遥かに時間と労力がかかるのです。
質問票への冒頭でウェブ上での疑問に対応したのは、授業参加者の皆さんに、両岸関係の一端を垣間見て欲しかったためであり、また説明・反論はするべき範囲ですることを知って欲しかったためです。
〈質問票について〉
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(1)質問表は出席カードなのでしょうか。(学部三年、3名) (2)質問票について、本人にはメールで回答するとのことですが、アドレスを記載すべきでしょうか。(学部四年) |
→きちんと説明していなかったでしょうか。カードは、あくまでも質問用のカードですので、出席票ではありませんから、質問などのない方は提出する必要はありません。また、授業以前に質問に対する回答が欲しい方は、カードにメイルアドレスを記してください。メイルで送付します。
★なお、回答については、原則としてだいたいA4六枚までとします。そこで作業を終わりにして、残りは次週への回答にまわします。あまりにも在庫がたまった場合は、別の考慮をします。
〈授業の進め方への要望等〉
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(1)もう少しゆっくり話していただけるとうれしいです。(学部三年) (2)私は中国に関しては本当に知識がないもので、授業が理解できるか少々不安です。今日聞いた限りでは大変わかりやすく感謝していますが。そして本人も勉強して努力するYとうにしますが、初学者のために今後ともわかりやすくお願いします。(学部四年) (3)基礎的な部分もお話いただけるということでありがたいです。中国への誤解がするすると解けていきそうです。(学部三年) (4)基礎セミナーも受講予定です。鈴木先生の授業も受けます。中国と日本との微妙な関係やその解決策など、川島先生の意見をたくさん聞きたいです。(学部三年)
(5)日本と中国との感覚の違いに驚きました。もっと細かい情報の教えて欲しいです。(学部三年) |
→ 早口なのですが、あれでもはっきり話しているつもりでした。もう少しペースをおとしましょう。/基礎を踏まえることには留意します。ただ、地図や『現代中国事典』を持参いただくなど、皆さんも調べられるような体制をお願いします。あらゆるタームに説明を加えていると、進みませんので。/意見は述べますが、その意見はあくまでも小生の意見。みなさんも、ご自分で考えることを怠らないでください。/細かい情報、…一方で基礎を…なかなかバランスが難しいですね。考えながらやってみます。
〈内容への苦言?〉
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新聞をあまり見ていないので、話題についていけなかった。(学部三年) |
→これはどう考えましょうか。ニュースや新聞などは知っている筈、ということで、話をするか、皆さんは俗世間のことにはかかわりがない、という前提で話をするか…三年生以上ですし、就職活動のこともありますから、新聞やニュースは見ているという前提をとりたいと思います。当面は。
〈教室の問題〉
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(1)教室を変えてもらうことは不可能なのでしょうか。もしできるなら8番などに変えてほしいです。(学部三年) (2)やはり暑かったので、皆が暑そうだったら窓をあけてほしいです。窓側にいないと窓を開けられなかったので辛かったです。(学部三年) |
→教室変更は不可能でしょう。他の部屋もうまっていますし、他の教室ではこの人数ははいりません。また、暑さについては授業の冒頭で窓側のかたがたにお願いしたのですが、なかなか無理なんでしょうかね。今度からは冒頭から開けるようにしましょうか。こちらでも努力しますが、暑いと思われた方の自主的な行動を期待したいと思います。
〈アジア政治論のあつかう範囲〉
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(1)アジア、と銘打っていますが、中国がメインなのでしょうか。他の国も扱ってくれますか。 (学部三年) (2)アジア政治論というのは中国だけを取り上げるのですか。中国や韓国、台湾の関係も取り上げることがありますか。(学部三年) (3)今日は時事ともからんでとても楽しく聞けた。北朝鮮や韓国などともかかわった話もききたい。(学部三年) |
→シラバスに書いたとおりです。時事問題で、北朝鮮などに触れることもありますが、原則として中国がメインになります(台湾や香港についても触れます)。ひとりでアジア全体を扱うことなど、ほぼ不可能です。法学部では、「アジア政治」などという本来ありえない科目設定がされています。イスラムとヒンディーと、中国を同じコマでやるのはほぼ不可能ですし、「アジア」という枠じたいが西欧と日本を中心にした法学部的な視線、西欧中心主義的な視線で作られた概念ですから、アジア側としては「アジア」を「アジア」的に説明する論理に乏しいのです。あるいは人口稠密で、モンスーン地帯が大半を占め、ディスポティズムが発達していたが、昨今はテクノロジーが際立って(アンバランスに)発達してしまった地域などとしてアジアを括りますか。そういう「アジア学」的な発想もありますし、現代社会では「アジア」は「アジア」と扱われています。しかし、中国でも韓国でも「アジア」の発見(自らがアジアの一国であるという認識の下、アジアの一員として位置づけようとしはじめること)は戦後のこと、また韓国ではアジア通貨危機以降とされることもあるほどです。…とはいえ、北大法学部で中国以外はやらないというのではありません。アジア政治論とペアになっている科目でアジア政治史という科目があります。これは集中講義ですが、中国以外の地域の一流の研究者を招いて講義をしていただくことになっています。今年は、最近メディアでも大活躍のイスラム・中東地域研究者である池内恵・国際日本文化研究センター助教授、次年度は韓国政治研究の第一人者である木宮正史・東大教授です。今年の集中講義は七月末です。掲示などに注意するようにお願いいたします。なお、このアジア政治史の講義は、公共政策大学院、研究大学院においても単位となります。
〈中国を見る眼〉
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中国の外交問題を、日本人は日本との関係でしか捉えていない、という指摘はまさに私自身について当てはまる。複眼的思考の必要性を痛感した。近代史から現代を捉えなおすことが私のひとつの目標であり、先生の中国近代史、時事問題の講義を楽しみにしています。(公共政策1年) |
→中国近代史からの視線と、とてもホットな時事問題を絡めるのが、この授業の一つの特徴です。日本では、日中関係から中国を見すぎます。その点に就いても、中国の視点に立つことで、いろいろな問題を解消したいと思います。その問題の最たるものは、日本の中国を見る眼が厳しくする必要がないところで厳しくなり、本来なら敏感に反応すべきところで無頓着になってしまうということです。
2.内容について
〈中国の反日教育〉
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(1)中国の反日教育についての講義を期待します。テレビ報道のようなネタ的でなく深い理解を目指したい。(学部三年) (2)中国では反日教育をおこなっているのに、最近日本の教科書問題には大いに口を出している。日本に対する内政干渉であると思うのですが、これは違うのでしょうか。(学部三年) |
→ まず反日教育とは何でしょう?日本が中国を侵略したということを強調することが反日なのでしょうか。それを強調して日本が嫌いになるように仕向ける教育のことであるとすれば、中国から見れば、戦争責任を認めない日本の教育は反中教育ということになるでしょう。次に、日本の侵略を強調する教育は、何も江沢民がはじめたわけではありません。この百年近く一貫した傾向です。そして、教科書問題は、何も最近の問題ではありません。1910年代以来、しばしば生じてきたことです。1930年代には国際連盟でも議論しているのです。そのときは、日本が中国の反日教育を問題にし、それに対して中国側が日本の反中教育を指摘しました。なお、内政干渉であるか否かですが、教育権は主権の範囲に属する以上、内政干渉ともいえると思います。そうなると、先方が態度を硬化させるのも、いろいろ発言するのも、先方の自由です。先方は何もこちらの教科書を回収したりはできないわけですから。しかし、相手が怒ることがわかっていることを敢えてする場合、またその相手とつきあっていくことを前提にする場合、やはりきちんと説明しないといけないように思います。
〈戦争の勝敗をめぐる記憶〉
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(1)中国と日本の戦争への意識のギャップ(勝ち負けなど)は、具体的にはどのようなことがきっかけでうまれたのですか?(学部三年) (2)戦争で侵略に失敗したのは負け扱いになるんですか?相手に侵略されて負けという認識でした。(学部三年) |
→相手に侵略されたら負け、というのもすごい考え方ですね。そうだとすると日露戦争で日本は勝っていませんし、ヴェトナム戦争でアメリカも負けてないということになってしまいますね。第二次世界大戦で日本は中華民国にも「降伏」しています。降伏式は南京でおこなわれました。中華民国は占領軍には加わりませんでしたが、東京裁判には判事を派遣しています。問題があるとすれば、日本が降伏した中国を代表していたのは中華民国政府でしたので国民党率いる中華民国政府には降伏したものの、当時中国を代表しているとは言えなかった共産党には降伏していないということでしょうか(共産党側は降伏を要求)。中華民国はBC級戦犯を裁き、刑を執行し、そして賠償要求をおこなおうとしていました。日本は「戦争に負けた」のです。しかし、ご指摘のように、「中国に負けた」という意識は日本では十分に醸成されませんでした。これにはさまざまな背景がありますが、いま皆さんの頭の中にある「戦争の記憶」は基本的にアメリカ中心につくられていないでしょうか。空襲、原爆といったコンテキストで、戦闘といえばもっぱら海軍のものです(戦艦大和、ミッドウェー海戦)。そして、悲惨さの中から立ち上がった民衆と奇跡的な経済発展という構図です。中国における戦争、満洲国のこと、また朝鮮、台湾のことはどこにいってしまったのでしょう。これは、日本の戦後処理と外交政策の大きなポイントです。まず、日本が降伏したはずの中華民国が、冷戦構造の形成の過程でアメリカの支持を十分には取り付けられず、大陸は共産党が支配するところとなりましたが、これによって日本が負けたはずの中華民国が台湾に逃れるということになったわけです。この過程で、アメリカは対日戦後賠償方針を転換、日本に過重な賠償負担をかけることを避け、戦後復興に多くの資源を費やすことになったのです。それは、社会主義の拡大、中華民国という防波堤の喪失により、日本が社会主義への新たな防波堤として選ばれたことを示します。敗戦国日本は、敗戦僅か数年で、新たな役割が与えられたのです。他方、中華民国は、連合国の一員として日本と戦って勝利しながらも、サンフランシスコ講和会議に参加できなかったのです(サンフランシスコ講和会議には、中華民国、中華人民共和国、南北朝鮮、ソ連などがいずれも参加できなかった。そのため、それらの国々とは個別に講和条約を結ぶことが求められた)。日本は、1952年に日華条約を締結することになるのですが、そこにおける姿勢は、基本的に戦勝国と敗戦国のそれというよりも、日本側がむしろ上位に身をおくことができるほどのものでした。日本側は、賠償放棄は当然、という姿勢で臨んだのです。これは、アメリカが1947年前後から中華民国、フィリピンなどをはじめアジア各国に対日賠償放棄を求め、実質的に放棄ということで調整し、サンフランシスコ講和会議でもそれが確認されたわけです。だから、中華民国だけが賠償を特におこなうということは想定されませんでした。これは、日本が負けた、という話が意識されなくなっていく最初のところです。ここから次第にディスコースがつくられていきます。…冷戦構造の形成下で強引に、ある意味で逃げるようにしておこなわれた戦後処理ですから、冷戦構造が緩んでくれば、当然パンドラの匣が開いてしまうわけです。
それとは別にドイツとの比較も重要と成るでしょう。この点については、ヤスパース『戦争の罪を問う』(平凡社ライブラリー)がお勧めです。日本において、戦後の知識人が戦争責任をいかに内面化したのかということは大きな問題です。丸山真男、竹内好などをこうした観点で捉えてみたらどうなるでしょうか。
〈そのほか歴史問題〉
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(1)中国は靖国神社参拝を理由に、日本、小泉首相を非難し、若者も同調していますが、靖国神社参拝をやめればおさまる問題なのでしょうか。(学部三年) (2)ニュースなどを見ていると、日の丸をふみつけたり、焼いたり、反日思想や反日教育の存在が分かりやすいのですが、日本人でもあのような行動を中国に対しておこなっている人はいるのですか。(学部三年) |
→靖国問題は歴史問題の一環であり、靖国をやめたからといって歴史問題が一気に解決するということはないでしょう。しかし、いまや靖国問題は歴史問題の象徴的な問題になっており、靖国問題における動向は他の案件に比べて大きな影響力をもつと思われます。またA級戦犯の扱いなど、中国側から具体的な提案があり、共同解決の道が開かれています。そうした意味で、「内政干渉」として無視することもできるものの、外交的な効果は大きいものと思われます。他方、小泉総理が靖国を参拝するのは、自民党総裁選挙のときの公約に基づいているわけで、中国や韓国を怒らせるためにしているわけではありません。しかし、誰かが怒ることがわかっていてそれをするわけですから、もしその誰かと親密にしたいのなら、ある程度の説明が求められます。この点は総理も理解していただきたいところです。
国旗については、法学徒の皆さんに申し上げるのも気が引けますが、日本には刑法92条があるためかあまり国旗を焼く方はいらっしゃいませんね(韓国などにもほぼ同様の法がありますが、やっていらっしゃいます)。しかし、中国の総領事館に車が突っ込んだり、いろいろなことがありますので、日本側が国旗を焼いていないから、そうした抗議行為がモデレートだということにはならないでしょう。
〈軍事力比較〉
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軍事力が中国よりも日本のほうが上とは意外でした。中国側の主張も理解できます。(学部四年) |
→そうですね。確かに軍事費の面でも装備の面でも日本の自衛隊の装備のほうが上とされています。しかし、兵数と核兵器という面では日本は中国に及びません。宇宙安全保障、ロケットなども同様です。しかし、たとえば三軍の通常兵力を比較した場合、最新鋭武器を多数そろえている日本のほうが上とされるのです。また軍事費についても為替レートの問題、人件費が多く含まれているという問題がありますが、日本のほうが多くなっています。なお、中国側から見れば、昨今のミサイル開発構想なども脅威に映りますし、日米安保、在日米軍の存在は当然脅威なわけです。
〈一人っ子政策・人口問題〉
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(1)一人っ子政策をやったら、人口構成が極端に偏ることは予想できたはずなのに、なぜ一人っ子政策を導入したのか。二人っ子や三人っ子政策ではだめだったのか。(学部三年) (2)一人っ子政策の打ち切られたという話がありましたが、いつごろのことでしょうか。以前は税金を多くとられるなどしていたようですが、現在ではそういうことはまったくなくなったのでしょうか。(学部三年) |
→一人っ子政策を採用した理由は、単純に人口抑制をおこなわないと、食べていけないということがあったからです。人口構造の問題よりも、それが優先したわけですね。ただ、1949年に中華人民共和国が成立した当初は違いました。毛沢東はまだ「産めよ増やせよ」路線だったのです。その時期に、人口問題に警鐘を鳴らしたのが馬寅初という人物でした。特に1950年代の大躍進時期に論争があったのですが、毛沢東は馬らの意見を退けました。大躍進、文化大革命時期には数多くの餓死者を出したわけですが、1978年以降の改革開放政策の下で人口政策は転換され、79年からいわゆる「一人っ子政策」が実施されたわけです。つまり、「現代化政策」の一環として人口抑制がとられたのです。この政策は実際に大きな効果を挙げました。人口増加率は2パーセント以内、つまり先進国水準にまで抑えられています。しかし、急速なエイジングは多くの社会問題を伴うこと、地域ごとに状況が異なることなどから、さまざまな抜け道も用意されていました。2002年9月に制定された「人口・計画出産法」は、晩婚および一人っ子を奨励しつつ、こうした実情を踏まえ、各地の人民代表大会が地域の状況に応じて第二子の出産を認める方向を追認したのです。そうしたことから「一人っ子政策は次第に緩和される」という話が出てきたわけです。しかし、北京、上海などの大都市部では、二人以上産んでも良いということになったとしても、欲しがる親は決して多くないものと思います。これは日本と同じ問題があるからです。
〈中国における砂漠化の問題〉
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(1)北京以内が砂漠化していて、上海以南が水が余っているとの話がありましたが、どういうことですか。周辺の南ということですか。(学部四年) (2)もしこのまま砂漠化が進んで遷都が必要になった場合、どこが候補にあげられるのか。 (学部三年) (3)中国の砂漠化に関連し、日本の中国に対するODAのこれからの展開を知りたいです。現在、四川省で森林造成プロジェクトがおこなわれていますが、もうすぐこのプロジェクトは終了。今後はどのようになっていくのでしょうか。(公共政策1年) (4)中国における砂漠化問題に取り組んでいる団体のおこなっている方法にはどのようなものがあるのですか。(昔の岩波新書で少し読みましたが、最近の傾向や改善点はどうなのでしょうか。)(公共政策1年) |
→北京以南と聞こえましたか?北京を中心とする華北地域です。長江流域は湿っていますが、北京および黄河流域は深刻な水不足です。特に沿岸部の天津などでは水の利用制限がかけられるほどになっています。長江の水を黄河に流し込む「南水北調」政策でどの程度緩和されるのか未知数です。他方、黄河が干上がったのは、単なる砂漠化ということだけではありません。上流域、中流域における乱開発、濫用なども原因です。これにはマクロコントロールよりも、地域ごとの経済発展を促進させようとした政策も深くかかわります。水を多く必要とする稲作を一時奨励したこともポイントです。/砂漠化が進んだ場合、確かに遷都ということも考えられていますが、南のほうにいくと洪水ということもあり、難しいようです。/対中ODAは、(1)内陸部重視、(2)国益重視、(3)環境問題、貧困問題重視といった方向に舵を切りましたね。平成16年度のENベースで見ると、無償資金協力で目に入るのは、「第二次黄河中流域保全林造成計画(第3期)」(the
Project for Afforestation for Conservation of Middle Stream of Huang He (Phase
II))でしょうか。約4億3千万円が計上されています。これは黄沙対策として正当化されたものでしょう。対象は山西省となっています。また有償の円借款になると、以下のようになっています。
(1)陜西省水環境整備計画 272億6,400万円
(2)湖南省長沙市水環境整備計画 199億6,400万円
(3)貴州省貴陽市水環境整備計画 121億4,000万円
(4)内蒙古自治区包頭市大気環境改善計画 84億6,900万円
(5)四川省生態環境整備計画 65億300万円
(6)新彊ウイグル自治区伊寧市環境整備計画 64億6,200万円
(7)内蒙古自治区人材育成計画 50億7,300万円
ほとんどが環境案件ですね。/砂漠化問題に取り組んでいる団体ですか?上記の政府によるODAもありますし、トヨタなどの企業http://response.jp/issue/2001/0424/article8674_1.html 、緑化にかかわるNGO、たとえばhttp://www.green-network.org/
http://www.foejapan.org/desert/ など多数です。ゴールデンウィークの緑化活動参加者もまだ募集中のようです。インターネットをうまく活用すれば、数多くの活動主体に出会えると思います。このほか、日本で砂漠化防止の研究が最も進んでいる鳥取県なども姉妹都市提携などを利用して中国での砂漠化問題に取り組んでいます。http://www.pref.tottori.jp/sankai/sabaku/j1.htm
3.感想
<お褒めの言葉>
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(1)非常に興味深い授業でした。中国の新たな面が見えてくるので、次回の授業にも期待しています。日中の領土問題に関しても中国側からの見方を知れればいいと思います。(学部三年) (2)目からウロコの講義でした。今までの自分がいかに視野を狭くして過ごしていたのかに気づきました。これから少しでも視野を拡げていきたいです。(学部三年) (3)教官の言われたとおり中国のことはほとんど知りません。しかし、とても興味深い内容でした。すぐ側にある国ですが、何も知らないというのは、もったいないことと思うので、この授業で理解を深めていこうと思います。(学部三年) (4)大変興味深かったです。次回からも期待しています。(学部三年) (5)ユーモアある軽妙な語り口で、とても好感がもてる講義でした。(学部三年) (6)先生のお話は非常におもしろいです。楽しいという意味ではなくて、先生は本当に深く広い多くの引き出しをもってらして、次々と出してくる言葉に今まで気づかなかったことに気づかされたり、驚かされたりして、あっという間に講義が終わってしまいました。これから半年がとても有意義になると今日確信しました。(学部三年) (7)学部時代にもこの講義をとって、とてもためになりましたが、今回も履修させていただきます。歴史的な話とともに今の話もされるので、今回受けていてもとても新鮮に感じています。(大学院修士一年) (8)中国について知識がまったくなかったので、現状を少し知ることができてためになりました。 (学部三年) (9)少し厳しそうですが、知識が豊富そうな先生でした。半年間受けたら中国への印象も変わりそうです。(学部三年) |
→お褒めの言葉をいただきありがとうございます。次第に疲れが出てくるものと思います。世間では五月病という言葉がありますが、あれの本質は四月病で、四月に張り切りすぎることに根源があると思っています。…しかし、いずれにせよ、教員から何もかも与えられるわけではないということはご理解ください。自分たちから貪欲に何かをしていってください。中国への印象を私の授業だけで何とかしようとか考えるのなら、そういうのは依存ではないでしょうか。
〈問題としての中国〉
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アメリカがイラクと比べてという話でしたが、中国をあまり問題にしていないのは驚きでした。批判するにしてもしっかり理解することが必要なのだと思いました。(学部三年) |
→そうですね。アメリカ政府はそこまで中国を問題視していません。議会のほうは最近そうでもないよな姿勢を示していますが、あくまでも対テロ、イラクといったことが外交の主題です。中国はあくまでもこの主題を遂行する上でのパートナーであるという認識なわけです。従って、中国を問題視する雰囲気は日本よりも遥かに弱いわけです。しかしながら、同時に議会などでは脈々と反中的な動きがありますし、また人権問題や経済問題(アメリカ国内での雇用、貿易格差)を重視する向きもありますので、ある契機で逆転する可能性もあります。中国もまたこうしたアメリカの政策を歓迎しています。
〈中国人?留学生の声〉
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(1)中国人としても、たくさんの、今まで知らなかったことがあったことがわかりました。講義は面白かったです。(学部三年) (2)今日大変勉強になりました。日本で日本人の先生から中国のことを学ぶことは面白いと思います。違う角度から祖国の問題を見るのも大変いい勉強になると思います。(学部三年) (3) 先生が中国で活躍していたころ、いろいろな目に遭ったことをはじめて知りました。台湾問題の関係ではありますが、一人の中国人としてそれを非常に残念だと思います。これからも先生のユニークな知恵の満ちた議論を真剣に聞きたいです。そして先生の力を借りて、日中関係がよりよく発展していくことを期待しています。(学部三年) |
→日本のことは日本人が一番わかるわけではなく、外から見たほうがわかってしまうこともあり、他方で日本で生まれ育ったからこそわかることもあります。こうしたことは中国についてもあてはまるでしょう。中国からの留学生は、中国人としての感覚と、中国を外から眺める感覚の双方を身につけることができます。そういう複眼的思考が大切です。大切にしてください。小生も、中国や台湾で暮らしたことがあるので、多少複眼的になっているところもありますが、まだまだだと思っています。自分の経験などはたいしたことはありませんが、伝えられる範囲でお伝えしていきたいと思います。
〈決意表明?〉
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(1)もっと中国のことを知りたくなった。(学部三年) (2)中国を正しく知ろうと思う。何が正しいかはわからないが。広く学ぼうと思う。(学部三年) (3)知らず知らずのうちに日本を軸にして考えていたと思う。もっと多極的に物事を見られるように心がけたい。(学部三年) |
→皆さんのそういった決意が四月病で終わらないように祈ります。お互い様ですが。
以下、皆さんにメッセージ。
(1)いつまでたっても消費者でいないでくださいね。知的な情報を消化するだけでは、必ず誰かの土俵の上で戦うことになってしまいます。せめて批判的検討を。できれば、何かしらの局面で、生産し、発信する側にまわってください。どのような面でもいいので。
(2)それから、ただ頑張っている、ということは何にもならないし、当たり前のことです。塵は積もっても山にはなりません。塵はつもっても塵です。自分が頑張っているということだけで納得して自己陶酔しないようにしてください。
(3)どうしたらいいかわからないとか、決められないとか、長い間言い続けないでくださいね。悩むことはいいことですが、結論がでないとき、自分が責任をおいたくないだけではないかと自分を疑ってみてください。決断には責任がともないます。責任をとることが、決断することでもあります。自分のことを自分で決めるということは、自分のことに自分で責任を負うということなのです。