アジア政治論第14回講義〈質問表への回答〉

川島真 shin@juris.hokudai.ac.jp

 

0.徐一平先生による講義に対する質問と、徐先生による回答

<対日認識>

徐先生のお話で、先生の学生時代は、日本人と言えば軍人というイメージで、国交回復後は日中友好を願う人も出てきたという話がありましたが、先生が日中の関係に対して、友好の目を向けられるようになった直接のきっかけは何だったのでしょうか。お話大変参考になりました。(7月20日、学部3年)

 

 

 

 

 

→それはやはり日本語です(もちろん、最初日本語を選んだのは自主的な選択はなかったのですが…)。日本語を身につけてから、日本語を話して日本・日本人を理解すること、しかも自分の判断で強く説理解することができました。その意味で、日本語(外国語)教育がいかに大事なのかがわかります。ある国との関係は、その国の言葉を通してその国を理解する人がいるかどうかということにかかっていると思います。

 

<反日デモ>

私も先生と同様に、個人はともかく、一国の首相がA級戦犯を合祀した靖国神社に参拝することはよいことだとは思いません。これに対し、中国の人々がデモをするのもわかります。しかし、政府に対するデモはあっても、一個人(企業)に損害(被害)を与えてしまうようなデモはいかがなものでしょうか。(7月20日、学部3年)

  →私はあなたの意見にも賛成します。中国における政治的な自由の面では、まだ節度がわからない人、あるいは国際感覚を持っていない人が多いということが現れているのかもしれません。今ひとつの感覚としては、日本ではこの前のデモについて、誰かが操っているかもしれないという指摘があるのですが、それは日本にマスコミが言っている中国政府ではなく、むしろ他の集団(あるいは国、政府)があるのではいかということがあります(「デモ」を呼びかける手段、手法から見ても、プロとしか考えられません)。そのようなプロのしかけがあれば、民衆が非常に暴徒化しやすいということは、さまざまな歴史的な事実が証明しています。その意味で、中日双方も、いずれもより冷静になるべきだと思います。

 

<中国人の受けた「傷」と歴史問題>

先生はなぜ若者たちがデモに走るとお考えになりますか。「傷」というコメント(引用)がレジュメにありましたが、戦争から二世代も離れている人たちに傷などあるのでしょうか。しかも、あんなにたくさんの人に。ちなみに彼女とこの話をした時、彼女はデモをする人の気持ちがわかる、と言っていました。

 小泉首相の参拝は、国益にかなわないとは思いますが、公約を守るという点では政治家らしくて悪くないと思います。ちなみに彼女は小泉さんの考えは理解できないと言っていました。(7月20日、学部4年)

 →中国が言っている「傷」は民族として受けている「傷」であり、決して個人の「傷」ではありません。そのような「傷」を受けた民族とって、60年は決して長いものではないのです。この点、「加害者」と「被害者」とでは感覚が異なるものと思います。授業で推薦した高橋哲哉『靖国問題』を読んでいただければと思います。

    政治家としては自分の政治的な信念(公約)が大切なのか、国益が大切なのかという点を判断する力がなければ、国民に信頼される政治家ではないと言えるのではないかと思います。近隣諸国から反対されるということが分かっていながら、そのような公約をもって票を獲得するような政治家は、最初から国際感覚がない政治家といわれなければなりません。いまの日本国の外交上の失敗も、そのような政治化のレベルを物語っているのではないでしょうか。

 

<領土問題>

日本が90年代以降低迷し、自信を失う中、中国は高度成長の途中でどんどん国力を伸ばしていた。日本人には、領土、領海の問題などから、中国が勢力を伸ばし、日本が圧迫されるという脅威感が強いと思います。そんな中で春暁油田の開発などは日本人に強いショック、不信感を与えたと思います。そのような認識は中国国内にあるのでしょうか。(7月20日、学部3年) 

 →領土・領海のことは非常に専門的なことで、私もよくわかりませんが、それによると国際的に見ても解釈が違うものがあります。海底資源の利用になると、そのような解釈が大きな意味をもつでしょう。すなわち、中日両国の専門家が、まさに対立するのではなく、よく意見を交わして、(国際的にも)双方の理解できる解釈に基づいて解釈すべきだと思います。

 

1.講義の方法などへの質問・要望

<徐先生の授業についての感想>

徐先生の日本語は完璧で“川島先生よりも上手”というコメントが冗談ではないことがすぐにわかりました。どうやったら、これほど外国語のマスターを成し遂げられるのか、徐先生を前にして思いをめぐらせていました。実を得た人は実に謙虚であり、積極的であります。日中関係は一番興味があり、自分に何ができるのかを考えていこうと思います。(7月20日、学部3年)

 

 

 

 

 

→確かに、徐先生クラスの方はなかなかいらっしゃいませんから、驚きますね。また、おっしゃるように、実を得た人間は実に謙虚で、同時に積極的なものだと思います。あなた自身も、そういった謙虚さを持ち続けてください。

 

<授業の最後におこなった「お説教」、あるいは講義全体について>

(1)     一年半くらい前に占い師に、「あなたがイライラするのは生産性がないからだ」と言われました。(7V月20日、学部4年)

(2)     半期の講義、ありがとうございました。ご自愛の上、いっそうの研究のご発展を祈念申し上げます。(7月20日、学部3年)

(3)     報道されていない中国の実情を知ることができました。さまざまな見方をすることが大切だと言うことを改めて実感しました。中国に対して、新しい見方をするきっかけをこの講義でもらったと思う。ありがとうございました。お体にお気をつけください。長生きすればおいしいものがたくさん食べられますよ。(7月20日、学部3年)

(1)これは、…「では占いには生産性があるのですか?」と聞いてみたくなります。でも、イライラするのと生産性、…もしかしたら、人間は本性的に何かを生みたいもので、それをしていないからイライラするのだ、ということでしょうか。そういう論理なら、マルキストの占い師かもしれませんね。

 (2)(3)こちらこそ、つきあっていただいてありがとうございました。学部3年の諸君に励まされると、なんだか自分も年をとった気がしますが、本当にもう若くないのだということを実感します。歴史研究者は「10年一仕事」という気持ちで取り組むように、と教わったことがあります。そうだとすれば、あと三つはできないわけです。あと二つ、何をするのか。考えなくてはいけないし、焦ります。しかし同時に、人生時計で言えば、自分はいま昼の12時過ぎ。昼休みが終わる39歳までは休んでいいのかもしれません。このあたりのところのバランスがうまくとれるかどうかが、大変です。皆さんはまだまだ全速前進だと思います。どうぞ、がんばってください。でも、勝負はフェアウェイの維持にあるのではなくて、リカバリーショットにあるのだと思います。この点だけ留意ください。

 

 <小生の健康の件につき>

小生が授業で健康状態について口にしたからでしょう、数名の方からご心配の声をいただきました。中にはお医者さんを紹介してくださった方や、「2050年を見るように!」という励まし、「元気でポッコリにはまだ早い。健康的な中年生活を充実させよ」といった声をいただきました。

 →《回答差し替え》(8月8日)

この問いに就いての回答があまりにも大袈裟であったようで、ご心配の声をいただくので、 回答を差し替えます。確かに、6-7月にかけて、体調が悪化し、ユラユラ感であったり、アトピーが悪化した帯状疱疹であったり、結膜炎・角膜縁だったり、微熱だったり、いろいろありましたが、8月の海外出張を全てキャンセルし、いまはだいぶ元気になっています。 「筆債」(未完成原稿)の山には辟易としていますが…久しぶりに一次史料に囲まれて、幸せな時間を札幌の研究室で送っています。ご心配いただきありがとうございました。

 

2.内容について

〈時事関連の話についての感想・意見〉

(1)6カ国協議の時、「席をどうするか」についての報道があった気がします。それは置いておいて、日本外交力の乏しさが槍玉に挙げられますが、「外交は儀礼」である以上、外交の歴史の浅さはやはり命取りだなと。(6月22日、学部3年)

(2)最近、中国を訪問する議員などのニュースを見ていると、国務委員であり、対日政策の責任者である唐家璇氏との表現を聞きますが、中国外交部との関係はどう考えればよいのでしょうか。唐氏の一言で決まる…なんてことはさすがにないでしょうが。(6月15日、学部3年)

(3)この間、中国に就いての話をした時に、相手が「中国は歴史の浅い国」と言った。僕は、この講義で書類を廃棄しているにほんがわが歴史は浅いと思っていたので、なぜそう思うのか聞いてみた。答えは倭寇のことを中国人はモンゴルがしたと答えた(日本語不明です。モンゴル襲来のことですか?いわゆる元寇?)つまり、逆説的に漢民族が支配しているときだけが中国なのだから歴史は浅いというのである。僕は何も知らず言い返せなかった。この相手が言っていることは本当ですか?(7月20日、学部3年)

(4)鳥インフルエンザなどについての情報を中国が隠していたことについて、中国嫌いな人は、「ほらみろ」と言っていますが、それは日本だってかわらないと思う。(7月20日、学部3年)

(5)日本と中国は相互に相手の軍事的脅威を言って水掛け論になっているという講義でのお話がありました。それは双方ともに言い分としてもっともだと思います。ただ、日中双方ともに能天気な政治家はいるでしょう。中国の言い分と同じ考え方で、一戦すれば勝てると思っている日本の政治家はいます。すると中国の上層部にも、日本など鎧袖一触と思っている政治家はいるのか、たとえば本当は日本など眼中にない、といったようなものなど、本音が防衛政策の中に垣間見えるのか、という点についてはどうなのでしょうか。(6月29日、学部3年)

(6) 前回の「暴行」に関する質問ですが、言葉足らずで申し訳ありませんでした。これは河北の案件で、共産党の地方幹部の指示による暴行であったと報じられていたと記憶しています。そして、この幹部が逮捕され落ち着いたはずです。そこであらためて同じことをお尋ねします。中国での違法なことを幹部の一声でやらせることができるのでしょうか。(7月13日、学部3年)

(1)日本語がよくわからないのですが…日本外交の歴史が浅い、というのは、近代主権国家としての外交が欧州諸国に比べて短いということでしょうか?それとも中国よりも、国家としての成り立ちが遅かったということでしょうか?また、外交の基本は「儀礼」ですが、もちろん交渉もあります。次に、歴史が浅いから、儀礼ができないというのは因果関係が理解できません。儀礼というのは歴史勝負ということでしょうか。

(2)国務委員と外交部の関係と考えれば、政策決定過程には国務委員の影響力が大きく、執行それじたいは外交部がするということになりましょう。ただ、外交は全て唐氏が決めるということではありませんから、上意下達のイメージだけでも無理です。また、唐氏のような日本語ができる閣僚にばかり頼るのもおかしなことです。日本の国会議員が日本語のできる閣僚ばかりにあっていることも問題なのです。

(3)その方のお話がわかりませんからお答えしかねます。元寇と倭寇のどちらかわかりませんし。一つだけ参考までに。かつて、中国史における「征服王朝」に関する研究が盛んでした。元や清がそうですね。モンゴル族や満洲人が「中国で」王朝をたてたものを特に研究したわけです。なぜかというと、日本人が王朝を建てたらどうなるか、中国支配をするとして参考になるところがあるかということが背景にあったわけです。次に、中国がいつからできたかということがありますが、たとえば中国が中国として意識されたのは、恐らくは150年前から100年前、すなわち清の時代です。清だから中国ではないということはありません。また中国が漢民族の者かどうかに就いても議論があると思います。あくまでも五族協和、多民族国家、あるいは少なくとも中華民族の国家として意識されたはずです。しかしまあ、乱暴な質問ですね。

(4)確かにかわらないかもしれませんね。あとは先入観ですね。

(5)困ったご質問ですね。実はこうなのではないか、本当はこうなのではないか、本音は別にあるはずだ…これだとコミュニケーションはとれませんからね。また類推をしていく際に、常に極端な方、極端な方を想定し、そこから類推していくのも、思考を常に極端にしていく可能性のある方向性です。また、上層部の人員の本音、など聞きだすのは無理ですね。あと、彼らの発言や文書の言葉尻をとらえて、ここに本音が垣間見えるという議論も、それをやりだしたらきりがないということではないでしょうか。そうしたらあなたの言葉も相手は聞いてくれませんよね。しかし、常に「疑う」「確認する」というのもまた、研究の第一歩となります。あなた自身の言葉も、こういった方向の議論に足元をすくわれないように注意ください。

   中国の軍事力を見るうえでは、多分、この報告書が一番「疑い」の視線をもっているものだと思いますので紹介しておきます。中国側の見解は中国から出ているものを見ていればわかります。国防省報告書「中国の軍事力」The Military Power of the People's Republic of China: A Report to Congress Pursuant to the National Defense Authorization Act Fiscal Year 2000 Department of Defense. July 2005. 52p.

   http://www.defenselink.mil/news/Jul2005/d20050719china.pdf

(6)幹部の一声というか、ある権限を持つものが動員力をもつことはしばしばですね。日本での企業内、官庁内部の不正と同様であると思っていただいていいのではないかと思います。あまり、中国の特殊事情として捉えないほうが、実態把握には適しています。

 

〈歴史認識〉

(1)1995年に村山首相が、「戦争の悲惨さを若い世代に伝えていかねば〜」と共に痛切に反省を宣言しています。これは日本人である私たちに対するものであると、真摯に捉えるべきだと考えます。せっかく、首相がそういってくれているのですから、若者がどんどん中国へ行き、真実(歴史的)を知るのがよいと思います。この講義のメンバーで、南京虐殺記念館を訪れるなど、どうでしょう。責任は、首相が取ればいいと思います。彼が国を代表して宣言したことを、私たちが実行しなければならないと考えます。ドイツでは、都心にユダヤ人による虐殺記念館を作ったそうです。日本が中国や朝鮮の人たちによる戦争記念館を東京に建てる度量があるか、と新聞に載っていました。実行、度量がわたしたちに絶対的にかけているものだと思います。(4月27日、学部3年)

(2)靖国参拝とアーリントン墓地参拝を同列に並べた議論に違和感をもってしまうのは僕がおかしいのでしょうか。(7月20日、学部3年)

(1)すね。おっしゃるとおりでしょう。学生有志がグループを組んでくれれば、ゼミ旅行的なことはしますよ。今年の三月は上海に行きました。

  (2) アーリントン墓地のウェブサイトです。http://www.arlingtoncemetery.org/ ご覧ください。戦没者の記念墓地、これと靖国は確かに違いますが、これを同じだとすることで正当化する向きはあるでしょうし、そういった国立墓地がない以上、靖国でそれを代用しているという論理も出てくるかもしれません。だからこそ、記念施設をつくろうとか、そのような主張が出たり、反対されたりされるのです。

 

〈ケ小平と改革開放〉

79年にケ小平がリーダーになって以来、改革開放派が主流になり、89年の天安門事件後は、改革派=ケ小平、朱鎔基ら、保守派=江沢民・李鵬ら、という二つの潮流が対立していると考えていいのでしょうか。(4月20日、学部3年)

 →これは難しいですね。天安門事件に際して武力鎮圧を決定したのは、ケ小平です。また江沢民もまた経済発展を否定したりしません。そうなると江沢民も李鵬も改革開放派であることはかわりません。このような状態での改革とは何で、保守とは何でしょうか・

 

〈日中外交史への歴史的視点〉

陸奥宗光の『蹇蹇録』を読んでいたら、明治(日清戦争以前)の日中は互いにライバル視し、脅威をあおりあっているという記述がありました。日中の歴史はどちらかが優位な状態でしか安定してこなかったように思います。対等な付き合いはできるのでしょうか。4月20日、学部3年)

→これは確かに重大な問題ですね。日中がお互いにどちらかが上だということを決めなければ収まらないということだとすれば、とても不幸です。しかし、たとえば「友好の時代」において、中国が日本を先進国・経済大国と認めつつ、他方で日本が中国を軍事大国+文化大国として相互に尊敬する余地が残されていた時代もありました。しかし、冷戦構造の崩壊、中国の経済発展、日本の経済不振と右傾化、またおそらくはグローバリゼーションの時代になって、実際にはいっそう「すみわけ」が困難になったために、衝突傾向になっているわけです。ただ、そうであるとは言っても、この時代で戦争はできませんし、すみわけも無理だとすれば、調整をするしかないわけです。自分が上と互いが信じるような局面は、インターネットの時代には難しいわけですから、ここはもはや喧嘩してでも調整していくべきなのではないでしょうか。対等というのはそういうことで、何事も平等互恵で調整できるというわけではなくて、国益を互いにベースにしながら、地域利害、長期的展望、ある程度の寛容さを加味しながら、個別に問題を調整していくしかないということです。

 

〈中国の歴史教科書〉

(1)歴史教科書は、台湾だけが縦書きなのが興味深いです。日本も中国もずっと縦書文化であったのに、この変化に興味があります。中国文書で横書きが増えたのはいつごろからなのでしょうか。

(2)中国教科書で徐州戦の戦場図が出ているのは面白いです。日本の教科書では奉天会戦の図などありません。南京戦の■■(判読不能:解読するのに異様に時間がかかります)よりも、こういうところに注目したほうが面白いのかもしれないと思いました。南京虐殺の争点について、たとえばそれがどの程度命令的であるか、ということは学術的話題になっていないのですか。山川用語集に「三光作戦」が載っているように、国策として中国人虐殺をおこなったという印象が中国側にあるのでは?((1)ともに、5月18日、学部3年)

(1)中国の行政文書で横書きが主流になるのは、中華人民共和国以降です。台湾ではいまでも縦書きになっています。

  (2)それが作戦としておこなわれたかということは争点にならないわけではなく、どのような命令系統でいかに指示され、それがいかに実行されたのかということは大切な研究課題となります。ただ、中国側からしてそれが重要かどうかは別問題ですね。それがある連隊の、ある小部隊の偶発的行動によって惹起されたものであったとしても、日本の国策としての中国侵略の結果として生じたというスタンスは崩さないでしょうし、そもそもある軍がおこした行為である以上、それは軍の責任においてなされたと判断されていくのではないでしょうか。 

 

<政治力と軍事力>

前の授業で中国は政治力で日本に並ばれたくない、と言っていましたが、政治力とは何ですか。政治力によって何ができるのですか。日本が安保理入りするメリットは何ですか。中国はなぜ軍事力を増強しようとするのですか。そもそも現代において軍事力を強めるメリットは何ですか。(6月15日、学部3年)

 

 

 

 

 

→国際的な問題、紛争解決において大きな役割を果たし、道筋を示し、また国際社会において自国の利益を追求していく能力と権力が、国際社会における政治力でしょうか。それは現実的な力でもあり、調整力でもあり、哲学的な能力であるともいえます。そして、こうした力は、安保理の常任理事国などとして可視化されます。安保理に入れないということは、常に世界の安全保障の動向で後手後手にまわることを意味します。非常任理事国になれない場合も、情報収集におわれてしまうわけです。第二次大戦の敗戦国である日本は、国際社会のリーダーであるという点については、経済面では強調してきたものの、安全保障や政治面では「控えめ」でした。それだけに中国を安心させられていたわけです。ところが、日本の安全保障そのほかでの積極的な政策は、日本が政治的軍事的大国になることを示していると、中国などに受け取られてしまうのです。  

  現在の軍事バランスが核兵器と通常兵器で基本的には構成されていることはご存知と思います。これを増していくことは、その国のプレゼンスを高め、地域の紛争解決能力や、国の安定と安全を保つことと理解されます。中国のように具体的な問題を抱えているところは、その問題を解決するための軍隊だということになります。国にとって安全保障(エネルギー問題などふくむ)は、最優先課題であり、原則的にこれなくして国家の基盤は保てません・

 

<武器輸入について>

 EUが中国への武器輸出はしないという記事をみましたが、ヨーロッパからも中国への武器輸出はしているのでしょうか。(6月15日、学部3年)

 →フランスにとっては台湾も中国も武器市場です。台湾が飛行機をン購入すれば、その晩ラスを保つために中国も買うという状況が続いています。ただ、人権問題などとの絡みで中国がほしい武器を売らないことを外交カードにすることもあります。今回は、昨今の中国の対欧州接近(特にフランス)の結果として予定されいてた武器売却を、おそらくはイギリスのイニシアティブの中で中止したということだと思われます。

 

〈中流の誕生〉

小康社会は、「十億総中流」という印象(無論、日本的中流との実質的な差は無視して)ともまた異なるのでしょうか。(5月18日、学部3年)

 →中流は相対的なものですから、何をどのように比較したいのかよくわからないところがありますが、日本で中流というときには、少し自分は良い暮らしをしていると重いながらも、実質的な横並びであるという意味で使われるのではないでしょうか。しかし小康は意識というよりも、GDPなどに裏付けられた発展段階です。

 

〈中国外交の見え方について〉

日本にいると日本以外の国との中国外交関係が見えないといことについておうかがいしたいのですが、中国と中東諸国との関係で注目すべきことは何でしょうか。また、中国の石油事情はどのようになっていますか。(7月13日、学部3年)

→イラクはもちろんですが、いまのところ目が話せないのはイランだと思われます。中国の場合は、地政学的な意味での安全保障/エネルギー/国内のムスリムの問題、といった要因の中で中東外交を展開しているようです。イランとの関係は、安全保障面でアメリカをけん制しつつも、エネルギーを確保するというものでしょう。石油については無論、輸入国です。

 

<中国という呼称>

「中国」という呼称自体は、中国人にとっては価値中立的なものなのでしょうか。つまり日本人の一部が「日本」という国号に誇りをもつ(太陽とのからみで)ような流れはどの程度でしょうか。また、世界において中国を「中国」と呼ぶ国、および自国語で中国と呼ぶ国とそうでない国の比率はどの程度でしょうか。(5月11日、学部3年)

→いまは価値中立的ではありませんが、150年前には「わが国」に相当する自称です。国名概念がないわけで、ただ王朝概念があるわけですから、いまの観点をさかのぼらせることには限界があります。次に中国の国名ですが、ジャパンが日本の福建・広東語読みの流れであるのと同様、いくつかの流れがあります。しかし、興味深いことに「中国」の音訳てきなものは聞きません。あるのはチャイナ、チーナ系統です。これは秦、清などの音訳と思われます。いま一方はキタイ系統です。カラ・キタイというのを聞いたことがあるのではないかと思います。そうした意味では、日本、韓国などは「中国」に影響を受けた数少ない地域だということになります。

 

<科挙なき郡県制>

秦漢においても郡県制はあった(後漢は封建制と並存)のであり、晋はまた封建となったわけですが、科挙無き郡県制はありえませんか。(5月25日、学部3年)

→ありえるか、という問いについてはありえる、という回答になるのだと思います。実際にあったわけですから。科挙官僚でない状態で、一定任期で任地をまわるという官僚制度が形成されればいいわけです。科挙はそのシステムを強化する中で形成されたものでしょう。

 

<中国の情報収集機関>

 J.F.ケネディの失敗の一つとしてロバートケネディをCVIAではなく、FBIの長官にしてしまったことだと言われています。中国の情報部は、もちろん胡錦濤が押さえているのだと思いますが、本当に実権を有しえているのでしょうか。また情報部は、CIAと違いまだ可視的な存在なのでしょうか。(6月15日、学部3年)

→「本当に実権を有しているのか」。よくこういう問いに接しますが、「本当に」とは何なのか理解に苦しみます。小泉総理は総理だが、本当に実権を有しているのか、という質問に等しいからです。何における、どのようなという但し書きが必要と思いますよ。まず情報機関ですが、原則として、公安部系統、軍系統(武装警察含む)、党系統に分かれるのだと思います。胡錦濤はそれぞれにおいてトップですから、実権があるかどうか別にして中心的な人物であることにかわりはありません。公安部、軍系統、党系統、いずれも「見える」機関ではあります。というか「見せる」部分をもっているので、そこが「見える」わけです。しかし、市民に対して情報を公開するなどということは、まずおこなわれません。

 

<ネットリテラシーについて>

ネット情報についておっしゃったことは、私もそのとおりであると思います。ただ、オタク・コミュニケーションについては違うという印象をもっています。オタクは基本的に膨大な知識を溜め込んでいるし、自己顕示欲が強いので、他者の誤りについては反応が早いので、おおむね健全な自律リテラシーが機能するようです。とすると政治論についてもこうしたオタク・コミュニケーションが主になってもよいように思いますが、現状はフレームアップが圧倒的な部分を示しています。この点についてご意見をいただきたく思います。(4月20日、学部3年)

→これはなかなかの飛躍ですね。オタクは、オタクなわけですから、何かしらの決まったことについての知識の深さ、コミットメント度合い、そしてそれへの自己満足などから構成されるメンタリティです。そしてそれが集団化される中で、尊敬、畏敬、ランク化がおきていくわけです。そこに秩序を形成していくこと、それじたいがオタク社会の目的だともいえなくはないと思います。そうした意味で、何もかもが相対化されていくネット社会の中にあっては、「健全な」社会をオタク社会は作っているといえるのかもしれません。それはそうだと考えます(しばしば大混乱をおこすようにも思いますが)。しかし、それが政治や言論をめぐる場に来るとどうなるか。オタク社会の拡大はありえるか?考えてみてください。

 

<タイの植民地化>

タイが植民地化されなかった主な理由として、「朝貢停止により独立国として扱われた」ことをあげていましたが、本当ですか。侵略国間のハザマとしてたまたまタイが残ったと聞いた覚えがあるので。(4月27日、学部4年)

 

 

 

 

→タイが緩衝地帯となったために独立を維持できたという話ですね。それは否定はしません。しかし、そうした歴史観は、タイが歴史的に主体的な存在であることを認めない視点だといえます(とてもマルキスト的ですが)。タイが自らが緩衝地帯的な位置に居ることを利用したのは確かでしょう。だからといってどのような政策をとっても独立を維持できたかと問われれば、そうであるはずはないわけです。タイは19世紀半ばに朝貢を停止し、チュラロンコーン王の下で近代国家建設をおこない、領土を削ってまで不平等条約を改正するとともに、中国との関係においては決して正式な外交関係を結ばず、華僑をタイ国民としていくことに成功したわけです。ビルマやヴェトナムが朝貢国であったために、清朝と英仏の間の交渉がもたれたことを考えると、タイはすでに異なる環境の下にあったということになります。こういった朝貢圏から離脱した国は、タイ(シャム)と二本でしょう。

 

<広東の葉一族>

葉一族の広東省支配というのは、中国の行政システムと独立しておこなわれたわけではないでしょうが、どのような地方行政システムがあり、それをどのように利用しておこなわれたのでしょうか。(5月25日、学部3年)

→これは授業で話したとおりです。地方分権的な地方行政システムによりながら、中央に支払うべき税金などを拘留し、地方の党・政府ポストを独占、さらには解放軍の当該軍区も同族で占めたわけです。

 

3.授業から離れて

〈政治風土と失言〉

中国の政治風土における「失言」のありかたについて先生はどのように考えていますか。日本では失言した政治家はむしろ人間くさいと、建前的には批判されつつ、本年では親しまれる傾向がありそうです。(6月29日、学部三年)

→具体的に何を指しておられるのでしょうか。中国の場合、政治家が自由に発言するという空間が限定されているので、そもそも失言というものは考えにくいのですが。あるとしても、社会に対する失言ではなく、政治的な争いの中での失言ということになろうかと思います。一般的に、中国では失言といえば、日本やアメリカの政治家の専売特許です。

 

〈サッカーについて〉

W杯のアジア最終予選で盛り上がっていますが、一次予選の中国対香港の試合で中国が圧力をかけるのではないかと話題になっていました。中国は大差をつけて勝たないと最終予選に進めないという状況で、結局得失点差で敗退してしまったわけですが、このときに中国は本当に香港に圧力をかけていたんでしょうか。また、そのようなことは可能なのでしょうか。そして、香港のメディアはこの試合についてどのように報じたんですか。地元の香港が勝つことを期待していたんでしょうか。それとも国として中国がW杯に出ることを望んでいたんでしょうか。(6月8日、学部3年)

→サッカーの試合があった5月19日の『成報』などを見ると、別にそういった圧力などに関するものはないですね。中国はランキング76位で、香港は139位ならが、勝機はあるといった方向の記事です。そこではもちろん、中国を勝たせようということもありません。イングランドとスコットランドのことを見ても、そういった八百長があったら逆にFIFAの信頼を失っていくのではないでしょうか。

 

<移民政策に就いて>

日本は移民に対する態度、政策の改善が求められていますが、仮に開放したとして、東南アジアの華僑のような大量の中国人日本流入により、日中関係はどのように変化すると考えられますか?(4月20日、学部3年)

→開放とは何をどうすることなのかわかりません。華僑があふれることは現在でもできますが、現在はそれだけのチャンスが日本にあると思われていないだけです。問題は、ビザの発給をゆるくする、延長をゆるくする、永住権を簡単に付与する、などといったことでしょうか。あるいは社会福祉の問題、ひいては外国人留学生に一定程度のビザ延長を認めていくということか、いろいろ議論されています。また、一定程度の金額の投資者には積極的にビザを出すということもあります。このあたり、何をどうすることをイメージしているのですか???

 

〈法輪功の集会を見た…〉

「法輪功の集会を見た」というのは言葉足らずでした。今年の三月に香港に行ったのですが、したーフェリーの香港島側のターミナルの所に、おそらく中国政府がおこなった弾圧によるナマナマしい写真を掲げて、(中国語だったのでおそらくですが)こんなことをやって、一体どっちが悪いといいえるんだ!?みたいな事をアピールする集会をおこなっていました。法輪功については、ニュースステーションの特集で少し見たくらいの知識しかなかったので、あまり興味がわかなかったのですが、講義で興味をもちました。ウェブサイトの紹介ありがとうございます。読んでみます。(6月1日、学年不詳)

→香港ですから中国語ではなく、きっと香港語/広東語だと思われます。香港の人権擁護団体の活動、民主化運動もだいぶ下火になってきました。

 

〈タイタニック・ジョーク〉

いわゆるタイタニック・ジョークといものしょうか。沈み行く客船の二等航海士として女性や子どもに順番を譲らせるために何を言うのか適当かという、有名な小話があります。

 対英国男性 「紳士ならばそうすべきです」  対米国男性 「ヒーローになれます」

 タイドイツ人男性 「規則でございます」    対日本人男性 「皆様そうしておられます」

所詮はジョークですし、文系研究で忌み嫌われる国民性の話ではあるでしょうが、そうは言っても講義で述べられた「論理」とまるで無関係ではないとも思われます。先生が航海士であったとして、中国人の乗客に対して、どのように言われるでしょうか。(7月20 日、学部不詳)

→…なんだか、打ち込むだけで嘆息する質問ですね。イギリス人は歩きながら考える、フランス人は立ち止まって考える、なんてこともありましたよね。こういったエピソードや、なんとなくの感覚で思考を進めていくことは危険ですよ。あなたの質問を学期末に並べてそういった不安をもちます。単純化、エピソード、おおまかな概括、これで論理を展開したりしないようにしてくださいね。杞憂ならばいいのですが、わからないことがあったら、しっかりと調べて、現地で見聞きして判断ください。

   さて、こういったことを苦言として呈させていただいて、こんな小話があります。広東人は人を見るとその人からどうやればお金をとれるか考える(商売人)、上海人は人を見ると「こいつは田舎人だ(自分のほうが都会人だ)」と思う。北京人は人を見ると、自分のほうが偉い、地位が高いと考える、といったものです。国民性というには、あまりに人が多く、なんともいえませんが、この三つの類型から考えてみてください。ちなみに海外で中国人は…といわれるときには、海外華人として世界に出て行った広東系や福建系の特徴であることが多いのです。

 

〈道教〉

道教については、「水滸伝」や「西遊記」、あるいはキョンシーなどの香港映画を例にするのもわかりやすいのではないでしょうか。(5月18日、学部3年)

→そうですね。そういう面もあるでしょう。授業では陰陽的な側面を強調しましたが。

 

〈改元制度〉

かつて乱世には一年に二回も改元することも珍しくなかったですし、裴祥之注(→裴【松】之のことではないでしょうか?)で言いがかりと言われながら、蜀志後主伝の注で陳寿が後主を批判した理由の一つに、二十六年間改元しなかったということが挙げられるくらいですから、ある時期までは中国文化にとって、適度に改元することが落ち着いたのかと思います。ところで、松浦先生の日本政治史では、日本の一世一元は中国から輸入したと説明がありました。中国が一世一元に変わったのはいつごろで、その背景にはどのような文化的変化があったのでしょうか。(7月13日、学部3年)

→ご存知のように、一世一元の制は明の太祖洪武帝により採用されたとされています。これは日本の世界史の教科書にも出ています。これは、亡くなったときに、太祖という廟名があるわけですが、それだけでなく元号でもその皇帝を呼ぶということです。背景には皇帝権限の強化、安定性の強調などがあると思えますが、詳細はわかりません。

 

<自衛隊雪祭りについて>

自衛官の人は、メディアが意図的に自衛隊を映してくれないといっていました。「ちょっとどいて」と言われて撮影されるようです。(6月15日、学部3年)

 

 

 

→などほど。イメージにあわないか、「画にならない」かでしょうね。でも、イラク派兵のことが決まってから、むしろ「この非常時に札幌では自衛隊に雪祭りの雪運びを依頼している」という方向の報道がネガティブな意味をこめてなされたようです。これまで「市民のための自衛隊」というスローガンのためにやってきたことが、道外の人からは全く異なったコンテキストで理解されてしまいます。そうした意味では、北海道自身の対外発信力が問われているのでしょう。

 

〈低気圧と人間の行動〉

 低気圧と人間の行動について私も以前から考えていました。天気予報なんてない時代に、雨とか嵐とかを避けるためにそなわっている人間の本能だと思います。今日はかったるいから家にいよう・・・とおもったら天気が悪くなってやっぱり漁に出なくてよかったなあみたいなふうに人間に役立つ能力だと思います・その理想は気圧がある一定より低くなったら会社も学校も休みになることです。不可抗力だし、効率も悪いと思うので。高気圧とか天気の良い日にパーっと頑張って、低気圧のときみたいな調子のよくない日はどっぷりやすんだほうが、イイ仕事ができると思います。(5月25日、学部4年)  

→行動を規定するものはさまざまあり、きっと気圧だけでなく、においとかいろんなものがあるのでしょう。花粉なんていうのも最近出てきた指標ですね。気圧の場合、可視化されにくく、気分というあいまいな領域に押し込められるために、あまり指標化されません。しかし、実際には影響力が大きいのではないかと思います。ただ、雨の日が休みにならないのと同様、低気圧だけでは休みは無理ではないでしょうかね。

 

<大河ドラマ>

(1)     大河ドラマ「坂の上の雲」についてニュースをおいかけていたのですが、川島先生のご発言とやや食い違うところがあります。まず日曜八時からの大河ドラマではなく、準大河という扱いの2クール程度の放送予定と発表されました。放送予定は発表当初から2006年でした。ただし、メインライターの野澤尚氏が自殺されたため、2007年以降となっています。日露戦争100年とは無関係かなと。(5月11日、学部3年)

(2)     太平記の大河ドラマですが、尊氏=真田広之、正成=武田鉄矢という配役はそれほど微妙な配役とはいえないかもしれません。主役はあくまでも尊氏ですし。(5月11日、学部3年)

(1)…嘆息。こちらはニュースを見て話しているのではなくて、一次リソースをとって話をしているのですが。『坂の上の雲』にまつわる司馬型の日露戦争史観に就いては、著者には著者のスタンスがあり、それがあるコンテキストに利用されることに、ご遺族は敏感であったので、日露に絡める方向であったのを、2006年にずらしたということだと思います。野沢さんの死の前、NHK側に延期の申し入れがあり、2007年にすることを決定。野沢さんはすでに15話までの初稿を書き上げています。それがどのように利用されるのか…準大河(というかNHKスペシャル大河)になったわけですが、これを大河にしなかった理由もご遺族のご意向ではないかと思っています。

  (2)NHKの80年代から90年代は、奥州藤原、琉球、フロイスから見た織田信長、といったように従来の日本史に対する問題提起に満ち満ちていました。その分だけ、視聴率的には当たり外れも大きかったわけですが…。この太平記もまた、皇国史観で否定的に描かれ続けた足利尊氏を主人公に描くというところに意義があったわけです。キャスティングについて微妙と申し上げたのは、あまり色のついていないキャストがならんだという気はしませんか?