2005年度前期アジア政治論(学部生採点講評)
【問題および評価基準の再確認】
●問題
授業の一連の質疑応答集の中から(授業内容について、また時事関連部分に限定。1の要望と、そのほかのところは除く)、自分が興味を持つ頻出するテーマを選び、何月何日と何月何日のどの質問と明記した上で、(1)自らであらためて問題を設定しなおし、(2)質疑応答の内容を批判的に検討し、(3)頭で考えるなり、調べるなりしたうえで、自分の見解を論理的にまとめなさい。感想ではない。
●評価基準 (1)自分の見解が、自分の言葉でかけているか。 (2)しっかり論理的にかけているか。
(3)おさえられるべき文献などがおさえられているか。それを「読めて」いるか。 (4)事実認識などに誤りはないか。(5)表記 (6)引用する場合には、必ず出典を示すこと。ないものは盗用とみなす。著者、書名、出版社、年、頁数など(★剽窃、ウェブ上の文章からの盗用、他人と共通のものなどが発覚した場合、みな不可とする。)
【採点結果】
提出者は133名。登録者に比べると三分の二程度になった感じです。
優 47名(うち、もし「秀」評価制度が適用されていれば「秀」とする者5名)
良 56名
可 24名
不可 6名
ということになりました。良、優が多いという甘めの採点になりました。
【講評】
《形式要件》
1.問題文をよく読んでほしい。何月何日と何月何日と明記した上で、と記してあるのに、それをしていないものが多数であった。本来なら、それだけで不可にするところであるが、質問をふまえていればよしとした。また、問題を設定しなおしていない答案も多かった。ただ、決定的なのは(3)である。「自分の見解」がどこにあるのか、ということである。これは評価の(1)(2)(6)にも通じる。つまり、どこからどこまでが引用で他人の見解なのかがわからなければ、自分の見解もわからないのである。だからこそ、引用のところで、頁数というところまで記したのである。だが、これもしっかり対応した答案は多くなかった。だが、他の文献を引用していながら、参考文献としても記していないものについては、形式要件を備えていないとみなし、「不可」とした。
2.「おさえられる文献をおさえているか」について、どの程度注意を払ったろう?ある問題を考えるときに、簡単な文献リストをつくったり、そこから従来の見解の整理をしたりするのは初歩的作業である。靖国神社を論じるのに、自分が選んだものがどういう位置づけのものか、他と比較検討したであろうか。また「事実」についてもどうだろう。誤りとしか思えない認識をしているものが散見された。こういったものには厳しいコメントを付している。
3.論理的に矛盾しているもの、事例がかみ合わないものなどもあった。これについては、書き込みをしてあるので見てほしい。特に他人の文章をつぎはぎした文章の場合、前後でコンテキストがずれていく可能性が高くなる。だからこそ、自分の言葉で、と書いてあったのだが、パッチワーク答案が依然とした多く見られた。「良」となっている答案の多くは、もっともらしく書いてあるが、ほとんど自分の見解がないものであった。あるいは最後の五行で「・・・と思いました」などという、ほとんど小学生の作文としか思えないものもあった。
4.これは内容に近いことだが、質問や回答を一学期分読んだわけではなく、最初の数回しか読んでいないものが多々見られたことは残念である。そのために、曲解、誤解、思い込み、また全体のコンテキストを無視して、一行だけ抜き出して批判しようとするなど、批判になっていないものも多々見られた。また授業に出ていないためか、コンテキストを完全にずらしてしまっているものも多かった。
5.幸いなことに、今回は明らかに同一であると思われる答案はなかったと思う。
《内容》
靖国問題が45件、また教科書などを含めた広い意味での歴史問題が37件、このほか対中ODAが9件、台湾が8件、などと続く。靖国問題にしても、何にしても、「ゆるい」文章が多かった。書いている文章がぜんぜん詰まっていないために、結局何を言っているのかよくわからないもの、特にレポートの最後のほうにある「まとめ」がきわめて曖昧なものが多かった。靖国問題であれば、結局総理にやめてもらうしかない、などとまとめても、ではどうやって総理にやめていただくのか、どのような手段がありえるのか、何も検討していないものが多かった。こうなるとそれまでいくら検討を重ねていても、議論の重心がずれてしまう。また、他人事のようにして書いて、「こうするべきだ」「こうあるべきだ」を繰り返す答案にも辟易した。そして、たとえば「中国」についても、「中国はそもそも…だから」などと、思い込み的に決め付けている答案もあった。
しかし他方で、採点しているほうの目が覚めるような答案があったのも確かである。評価の高い「秀」とした五点はその代表である。実際、その五点の内容が特にすぐれているわけではなく、内容的に間違えていることもないわけではない。しかし、問いにしっかりと対応し、自分の言葉で意見を縷々(読み手にわかるように)述べることができるということが大切である。なお、自分の見解を縷々述べながらも評価が低い場合、それはある種の自分に対する批判的な視線に欠けるものと判断された文章だと思ってほしい。
採点に際して、もちろん立場や主張の内容それ自体で採点することは控えた。ただ、自分の意見の妥当性を客観的に、批判的に検討しようとせず、トートロジーに近い形で結論を決定付けているものは印象が悪かった。
レポートは返却する。こちらの採点ミスがあったら申し出てほしい。他方で、どこで減点されているか、何がひっかかっているかについてもきちんと見てほしい。(了)