「中国・台湾における档案史料の状況 −公開状況・文書行政・史料的意義−」
川島 真(北海道大学法学研究科・公共政策大学院)
中国の清代から中華民国に至る時期の中央政府の档案は、1920年代以降、中国での政権交代と日本の侵略、国共内戦などにより、北京から南京、重慶、さらに後には重慶から、南京、台湾へと一部が運び出され、档案は結果的に各地に分散的に残された。1949年以降、中国と台湾それぞれにおいて、こうした档案類は基本的に機密扱いされたが、1970年代から次第に日本の学界などにも紹介されるようになり、1990年代にはその使用が本格化、現在では自らの研究テーマに関わる(各地に分散する)档案の所蔵状況を知ることが、研究の基礎作業の一部となっている。だが、注意すべきは、こうした中国台湾の档案の状況が単に東洋史、中国近代史研究にのみ関わることではないということだ。すなわち、韓国も含めて、東アジアに残された档案には、日本の植民地支配、占領統治に直接関わる(日本側が残した)档案が多く含まれているのである。台湾総督府文書、裁判所文書、朝鮮総督府文書のみならず、満洲国、あるいは華北などの対日協力政権の档案は、日本近代、「帝国」のありかたを示す重要な史料となっている。こうした档案にアクセスするには、報告で述べたように、中国や台湾の各档案館とそこにおける所蔵、利用状況を把握し、またその档案を取り巻く、制度、法律などを知ることが求められよう。中国、台湾双方の国家档案法、档案管理機関、アーキビスト養成状況が重要となる。特に、台湾での国家档案法施行後の変化の研究者に与える影響は大きい。また、档案管理が「発展」する中で、档案を取り巻く環境が変化していることも重要だ。たとえば、まもなく終了する台湾での国家プロジェクトである档案のデジタル化や、その結果として档案をウェブサイトで無料公開するところが出始めていることは新たな利用の境地を開いた。他方、東アジア各地に日本からの研究者がアクセスする中で、多くの課題も生じている。報告で挙げた課題には以下の諸点がある。(1)日本側から東アジアへの史料情報の発信(情報、史料収集の一方通行の問題性)、(2)東アジアでの「史料の共用化」と(旧宗主国民、占領統治者としての)日本人研究者の目線の問題(歴史観・価値観の相違、日本の学界的「価値」の相対化)、(3)歴史研究とアーカイヴァル・ヘゲモニーの問題(未来へのアカウンタビリティ、将来に形成される歴史への発言力)、(4)トラブルの事例、(5)档案史料の可能性と限界(日本人が統治者としての日本側が残した日本語史料に注目することの問題)。これらの課題は、いずれも昨今日本と東アジアの交流が盛んになり、関係が密接になる中で、浮上してきている課題である。これらに取り組み、解決しながら、史料の共用と歴史をめぐる対話を進めることが大切と思われる。その点、現在、日中、日台間で史料をめぐるジョイント・プロジェクトが数多くうまれていることは注目に値する。