国際政治学会2003

東アジア国際政治史U分科会

 

 

「中国近代外交官論」

 

北海道大学 川島 真

 

 

  近年、中国において「外交」「外交史」への関心が急速に高まり、それにともなって「外交官」の伝記などが相次いで編まれるに至っている。外交部外交史研究室編『当代中国使節外交生涯』(全5輯、世界知識出版社、1995年〜97年、第3輯から外交部《当代中国使節外交生涯》編委会編)などはその代表だろう。また、建国50周年の1999年に封切りされた、黄丹・唐婁彝脚本による映画「我的1919」において、「中国が世界に初めてNO!と言った」場としてのパリ講和会議、そしてそこでの顧維鈞の活動が再評価されたことは印象的であった。「『中国』の主権を保ち、統一を維持しようとした」ものとして、19世紀末から20世紀前半の中国外交官たちが「再評価」されてきているようである。李鴻章、周恩来などといった「外交家」については認知が高かったものの、顧維鈞ら民国期に活躍した「外交官」については、中華人民共和国との関わりが微妙であったこともあり、評価が定まらない面があったが、昨今は彼等をポジティブに位置付けようとする方向性が出ている。

  他方、中国近代における代表的な外交官である顧維鈞は、中国の外交官にとって最も恵まれた時代を、中華民国前期、すなわち中華民国北京政府時代(19121927)であったとしている。顧は、職業外交官意識が極めて高い人物であり、政治家と外交官の線引きを明確におこなっていたので、中華民国前期のように外交官が直接外交政策決定に関与できた時期を高く評価し、国民政府期のように国民党内部で政策が決定され、外交部や外交官が執行機関・執行者になってしまった時期を低く評価する。同時に、同時代の外交官についても、たとえば王正廷については、政治家としての色彩が強いとして低く評価する。

  このような「評価」をふまえながら、本報告では、中国の外交官をめぐる制度や実態などについて議論の軸をたてることを目的とし、清末の出使大臣以来の外交官に関する制度、任用方法、キャリア・パターン、政策的課題、政策決定過程への関与などについて整理し、あわせて顧維鈞、施肇基、顔恵慶、王正廷らのような際立った人物ではない、外交官についても検討していくこととしたい。中華人民共和国期との連続、断絶などについては十分に比較考察することはできないが、外交史研究の立場から現代中国外交へも問題提起をおこなうことができればと考えている。(了)