20世紀と日本」研究会

2006年8月26−27日

「中国外交史から見た近代日中関係」

川島真(北海道大学公共政策大学院/法学研究科)

shin@juris.hokudai.ac.jp

http://www.juris.hokudai.ac.jp/~shin/ 

○はじめに

我的1919(DVD) 1999年 映画「我的1919」の衝撃(監督:黄建中、主演:陳道明ら)

  “これこそ中国が最初に世界にノーと言った時なのである!”

 ⇒従来、売国外交、弱国無外交などと言われていた、清末民国初期の外交を国権回収の視点から再評価(世界標準に基づいた条約改正とナショナリズムの双方の観点)

 

○中国外交史研究のあらたな流れ(19世紀末から20世紀初頭)

1.英語圏 

V.K. Wellington Koo and the Emergence of Modern China ☞Stephen G.Craft, V.K. Wellington Koo and the Emergence of Modern  

China, The University Press of Kentucky,2004.

顧維鈞(1888−1985)を中心に1910−30年代の中国外交を、中国外交文書や   ランシングの文書などアメリカ所蔵の諸文書を駆使した研究。顧維鈞が国際法を駆使しながら、条約改正/国権回収を企図したが内戦と日本の侵略に阻止され、また1930年代には国際法に基づいた主張をおこないつつ、列強をして日本の侵略を抑制させようとしたとする。また、国際連盟、国際連合における活躍にも言及し、顧が国際連合の組織過程において安全保障面での機能強化を主張して実現していくさまも描き出す。

Wilson and China: A Revised History of the Shandong Question ☞Bruce A.Elleman, Wilson and China: A Revised History of the   

Shandong Question. Armonk, N.Y.: M. E. Sharpe. 2002

    ⇒本書は、ウィルソン文書などを利用した、パリ講和会議における山東  問題に関

するモノグラフ。ウィルソンの視線で描かれている面があり、困難な状況の中で、 

ウイルソンはとてもよく中国の立場を擁護したものの、最終的には「誤解」によって

中国の政治におおきな影響をおよぼすことになったというもの。そして、この誤解 

こそが、共産党の成立につながる云々…というところは、やや山東問題に対する 

過大評価ではと思われるが、いずれにせよ、ウイルソンに対する中国からの過度の期待と、パリ講和会

議での審議内容などに対する中国内部の認識の問題については、重要な指摘であろう。

book cover image ☞Dong, Wang, China's Unequal Treaties: Narrating National History, Lexington Books. 2005.

     ⇒一次史料の使用についてやや不安を残してはいるが、1842年から1946年までの  

中国をめぐる不平等条約を扱った、英文の著書として注目されている。そして、特 

に重要なのは、本書が不平等条約をめぐる「記憶」が国民党や共産党など多様な

政治主体によって創出される過程を描いているところにある。だが、同時に外交

過程として不平等条約改正にいかに対処したかということも記述されている。そこ

China And The Great War: China's Pursuit Of A New National Identity And Internationalization (Studies in the Social and Cultural History of Modern Warfare)では、他の著書同様に国際法が重視されている。

  ☞Guoqi Xu, China and the Great War: China’s Pursuit of a New National Identity and Internationalization, Cambridge University Press, 2005.

     ⇒本書は、中国にとって第一次世界大戦がGreat Warとなったことを示す。1911年から1919年の間に中国は劇的に変化し、1919年こそが中国の「新思考」、国際化に向けての出発のポイントであったとしている。もちろん史料としては台湾と大陸のものを使用しており、イギリスのバルフォア文書、アメリカ、フランス、ドイツの文書なども使用する。

  ☞Zhang yongjin, China in the International System, 1918-20: The Middle Kingdom at the Periphery , London: Macmillan Press Ltd, 1991.

    ⇒やや古いが、Xuの議論に通じるもの。だが、時代背景が違うせいか、「国際化」的な観点は弱い。 

2.中国語圏

◆中国大陸

   中国社会科学院近代史研究所中外関係史のチーム、北京大学の茅海建(清末中国政治史、アヘン戦争)、復旦大学の金光耀、王立誠、石源華、浙江大学の陳紅民、らによる研究が積極的に進められている。近代化/ナショナリズムなど。革命史観の克服が進められている。

   スタンフォード大学の宋子文文書をめぐる、復旦大学での会議など、多岐にわたるシンポジウムや共同研究がはじまっている。

  ☞茅海建『天朝的崩潰』(三聯書店、1995年)

  ☞金光耀・王建朗主編『北洋時期的中国外交』 (復旦大学出版社、2006年)

  ☞金光耀主編『顧維鈞与中国外交』(上海古籍出版社、2001年)

  ☞王建朗『中国廃除不平等条約的歴程』(江西人民出版社、2000年)

◆台湾

   台湾は「ナンカン・スクール」など、外交史研究がきわめて盛んなところであった。

   現在も、唐啓華、張力、李小津、孫若怡、張啓雄そして多くの若手研究者が育ちつつある。

   国民党史観の相対化に主眼が置かれる。また戦後の外交史も盛んに。

近代中国外交ウェブサイト http://archwebs.mh.sinica.edu.tw/foreign/main/MH0000.html 

 ☞唐啓華『北京政府与国際連盟1919-1928』(東大出版社、1998年)

 ☞張力『国際合作在中国』(中央研究院近代史研究所、1999年)

3.日本語圏

  日本では清末の研究が中心。岡本隆司、佐々木揚ら。若手の成長も著しい。

  20世紀以後になると、研究の層は薄い。

  ☞岡本隆司『属国と自主の間』(名古屋大学出版会、2004年)

  ☞川島真『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会、2004年)

 

世界的な研究潮流として、おそらく、現在の中国自身の世界とのかかわり方が変容したことに刺激を受けながら、(1)中国と国際社会の関係、(2)中国自身の「標準化」「合理化」「国際化」といったテーマを取り上げたり、また中国外交史を近代化やナショナリズムの観点から見直し、(3)不平等条約改正、国権回収を論じるものが少なくない。その結果多くの成果が出始めている。日本の学界もそうした潮流に依拠しながらも、より清末の歴史的コンテキストに即した方向性が強い。

○日本の学界の特異性

 (1)いわゆる歴史認識問題、中国そのものへの目線

 (2)中国学の伝統と日本語での中国情報の問題(日本語の史料で説明できてしまう?)

 

○中国外交史のあらたな方向性

中国の国際標準化への対応/条約改正/ナショナリズムなどの問題

そこにいわゆる「伝統」の問題

 

1.条約改正のストーリー

 ☞中国の外交史を日本の外交などと同様、不平等条約改正を主眼としておこなわれたものと考える。弱国無外交、侵略される中国、というイメージを克服。清朝外交、民国期の再評価ともつながる。そして、多くの場合「職業外交官」への注目がある。

 

(1) Hosea Ballou Morse, The international relations of the Chinese Empire, vol.1-3.  Shanghai : Kelly & Walsh, 1910-1918. ☞ 特に第三巻

(2)Robert Pollard, China’s Foreign Relations, 1917-1931, New York : Macmillan, 1933. 

(3)Carl Crow, China takes her place,1st ed., New York : Harper & Brothers,1944.

 (4)坂野正高「第一次大戦から五卅まで――国権回収運動覚書」
         (植田捷雄編『現代中国を繞る世界の外交』野村書店、1951年所収)

(5)Madeleine Chi, China Diplomacy,1914-1918,Harvard University Press,1970.

(6)植田捷雄『東洋外交史』(上・下)(東京大学出版会、1974年)

(7)王建朗『中国廃除不平等条約的歴程』(江西人民出版社、2000年)

(8)川島真『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会、2004年)

(9)Dong, Wang, China's Unequal Treaties: Narrating National History, Lexington Books. 2005.

 

2.国際社会の中の中国という視線

国際的地位の向上を目指した国際会議や国際組織での中国外交、あるいは国際政治的局面での中国外交を扱う。国際法の受容論という点では1.とかかわる。

(1)Immanuel C.Y. Hsu(徐中約), China's Entrance into the Family of Nations: The Diplomatic phase 1858-1880.Harvard University Press,1960.

  (2)Willoughby ,W.W.1922.China at the Conference: A Report, Baltimore ,The Jones Hopkins press.

(3)Zhang yongjin, China in the International System, 1918-20: The Middle Kingdom at the Periphery , London: Macmillan Press Ltd, 1991.

(4)唐啓華『北京政府与国際連盟1919-1928』(東大出版社、1998年)

(5)張力『国際合作在中国』(中央研究院近代史研究所、1999年)

  (6)Guoqi Xu, China and the Great War: China’s Pursuit of a New National Identity and

Internationalization,  Cambridge University Press, 2005.

 

 ☞中国の「標準化」「合理化」的な過程を明らかにしているプロジェクトがイギリスのHans van de Ven 教授のところで動き出している。これはChinese Maritime Customs Projectと名づけられ主に海関が問題にされている。http://www.bristol.ac.uk/Depts/History/Customs/ ここには、カリフォルニア州立大学のホロビッツ教授なども加わっている。RICHARD S. HOROWITZ, International Law and State Transformation in China, Siam, and the Ottoman Empire during the Nineteenth Century, Journal of World History, 15-4., Dec.,2004.

 

3.中国の対周辺外交への関心−清末の対外関係の変容―

   中国の対周辺外交の展開の中で、新たな関心があらわれている。中国と周辺地域の関係を歴史的に再検討しようとする動きである。これは、東アジア共同体論など、東アジア域内での秩序形成論とも連関するものである。

これは、フェアバンクや坂野正高をはじめ、戦後のアメリカや日本の学界が議論してきた「朝貢・冊封」に基づく中国外交論と相当の調整が求められることになろう。(西嶋定生らによる古代の議論などもいっそう参考にする必要あり)

 

 (1)John King Fairbank,ed.,The Chinese world order : traditional China's foreign relations, Ann Arbor, Michigan,U.M.I. Books on Demand, 1968.

 (2) 坂野正高『近代中国政治外交史――ヴァスコ・ダ・ガマから五四運動まで』                            

東京大学出版会、1973

(3) Mark Mncall, China at the Center : 300Years of Foreign Policy ,New York.,1984.

 (4) 濱下武志『近代中国の国際的契機――朝貢貿易システムと近代アジア』
                            東京大学出版会、1990年

(5)張啓雄『外蒙主権帰属交渉19111916中央研究院近代史研究所、1995) 

(6)濱下武志『朝貢システムと近代アジア』(岩波書店、1997年)

(7)茂木敏夫『変容する近代東アジアの国際秩序』(世界史リブレット41、山川出版社、1997年)

(8)川島真『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会、2004年)

(9)岡本隆司『属国と自主のあいだ』(名古屋大学出版会、2004年)

  ☞日本の学界では「互市」の再検討が始まっている。岩井茂樹(京都大学)、廖敏淑(北海道大学院)。なお、シャムについては、小泉順子(京都大学)が多くの先端的論考を公刊している。中国では、陳紅民(浙江大学)が朝鮮総督府などの史料を閲覧して研究に意欲を見せている。台湾では、張啓雄がシャムとの関係の研究をはじめている。

 

総じていえることは、かつての「侵略と抵抗」史観や、「革命外交と国権回収運動」として民族運動論の一環に位置づけられた外交史を克服していこうとする方向性が見られる。未だ不十分な点も多いが、「普通の外交史」に近づきつつあるということだろう。史料の面でも、諸外国の外交文書やスタンフォード大学、コロンビア大学の文書にアクセスする研究も激増している。かつてのような公刊史料に依拠した中国外交史研究は中国大陸でも激減している。他方で、逆に中国自身で議論の主軸をなした「侵略と抵抗」史観や「革命外交と国権回収運動」の形成過程それじたいを相対化しようとする方向性、また現在の中国における歴史教科書の構造などを考える議論も見られ始めている。Dong, Wang, China's Unequal Treaties: Narrating National History, Lexington Books. 2005 もそうであるし、The Social Life of Opium in China, Cambridge University Press.2005.の著者であるZheng Yangwenもそうした研究を開始している。

 

○枠組みの上での課題

   ◆1895年の分界線

もちろん史料に即して、同時代性を大切にする、ということは大前提。ただし、「中国的なるもの」や「中国的特殊性」を過度に求めることは、近代化論と同様に、問題であると考えている。いわゆる、「伝統/近代」パラダイムではなくて、同時代的な変容を大切にすべき。たとえば、民国時期の中国外交を研究する際に、外交档案のほとんどが国際法に依拠したり、あるいは西洋近代的な議論をしているにもかかわらず、中国的な議論、中国にしかみられないような議論を過度に摘出しようとすることは、一種のオリエンタリズムに堕していく可能性もあり、同時に、中国不変論と通じていく可能性もある。これは、最終的には、19世紀後半の中国外交史に「近代的なるもの」を探し出そうとする方法と変わらない。「伝統か、近代か」などという問題ではなくて、同時代的な変容を大切にしなければならないということである。

      ☞「中国的なるもの」、そういう意味での「おもしろさ」は清末には多く見られる。西洋近代と対置できそうな秩序観や外交イメージも多く、それを「問題」として研究することが重要となっているが、そのような観点で研究をすると、1895年の壁をなかなか乗り越えられない。清末の多くの研究が1890年代前半で分析対象を終えるのは、その時期以後の史料が「中国的」というよりも、「西洋近代」的な要素をたぶんに含むようになるからであり(もちろん中国をめぐる国際政治的な環境も変化する)、その変容をいかに描くのかが問題になっている。一部では、民国期を対象とする外交史研究に対して、「中国的なるもの」を無視しているという批判をおこなう向きもあるが、これは逆に「中国的なるもの」を探すことを研究の本義とし、西洋近代的な叙述になっていると、「よろしくない」と見る向きがあるのではないか。それは、日清戦争以前の中国外交史研究に対して「近代」的な要素を無視していると批判するのと同じことである。 

 ◆「伝統」と「国際的地位の向上」と「大国」の問題

    いわゆる伝統的な中国の対外関係秩序がいかに変容してきたのかという点については、「中国によるダブルスタンダード」として説明されつつあるが、これが果たして日清戦争後に消滅したと見るべきかという問題。次に「中華思想」などといった一種の政治文化論をいかに捉えていくのか、中国外交に通底する要素とみなすべきか、中国が地域の大国となるとして、それが「冊封・朝貢論」といかにかかわるのかという問題。そして、朝鮮に租界を開き、ヴェトナムでの領事裁判権を求めようとした外交をいかにとらえるべきか。主権国家、「普通の国家」として外交をおこなうとしても、やはり列強のひとつになることを目指していたのか、国際的地位の向上も、短期的には条約改正に目標があっても、最終的には列強のひとつとなり、大国化することを目指していたのではないかという問題、などがある。

◆史料をめぐる問題

   マルチ・アーカイブ方式をとることは言うまでも無く、その重要性は「○○外交史」と銘打たれた国別の外交史でも当然のことである。しかしながら、中国外交史はようやく中国の外交文書(外交档案)を使用して研究する段階にはいったところであり、研究史の流れから言えば、先に英国などの文書を使用した中国外交史が発達しただけに、難しい状況にある。他方、中国外交档案に即した研究と、英国のそれに即した研究とでは、当然中味が異なっていくことになる。また、外交档案が十分に存在しない清末と、民国期以降ではその語り口が異なってきてしまうこともある。このあたりの方法論がまだ落ち着いていない状況にある。「中国外交档案には、外国史として中国研究をおこなっている者が知りたいことが決して多くないのではないか」と批判的に述べられる向きもあるが、それは逆に外国の外交文書で中国外交史を語れば、当時の外交官たちの外から見た中国論をそのまま再生産することになるのではないか、という批判もあろう。双方の間のバランスが求められる。

 

○日本の位置づけ−事例研究−

1.第一回ハーグ平和会議(1899年)  

2.第二回ハーグ平和会議(1907年)

3.予想された第三回ハーグ平和会議への準備(1912年-)

4.国際連盟をめぐる中国外交−一九二〇年代を中心に−

 

○おわりに

 (1) 中国の現在の変容に対する観点の変容

 (2) 歴史認識問題そのほか

 (3) 共同研究などの可能性