台湾档案事情(2004年3月)

  • 2004年03月30日

川島 真

■中央研究院近代史研究所档案館
ここには大きな変化はない。利用条件、環境ともに、依然として最も快適なところである。現在は、档案の修復などはおこなっておらず、档案の「数位化(デジタル化)」を進行させている。特に新たに移管された档案はないようである。

■国史館
(1)利用状況
ここについては利用状況に多少の変更があった。デジカメでの撮影が認められたのである。一人一日50枚という制限つきであるけれども、大きな変化であろう。このほか、档案が出てくる時間が(調档時間)、9:30、10:30、13:30、15:30とされ、それが比較的遵守され始めているということも特徴的である。また、16時半過ぎに档案館から離れる場合には、職員用バスを利用できることがある。16時35分発である。
(2)公開档案内容
新たに公開されたものは特にないようである。目録も特に増加していない。蒋介石・蒋経国档案が既に公開されていることは周知のとおりである。ただ、気になるのは台湾省関係の档案である。それは、国史館が台湾省文献委員会を下部組織として後(→台湾文献館と改称)、档案をどのように分掌するのかという問題が発生していたからである。このことについては、以前、1945-49年部分がまだ不分明なかたちで両者に分散しているということを記したことがあるが、これについては、基本的に「国家档案を国史館本館に、省・県档案を文献館に」という方針が定まっているようである。そして実際に台湾省行政長官公署の档案は文献館仮となっている。今後、現在国史館で公開されている戦後の台湾省や各県の档案はやがて中興新村にある文献館に移管されることになるのである。だが、その時期はなお未定とのことである。

■党史委員会
(1)利用状況
選挙前だったためであろうか、とてもフレンドリーであった。地下の食堂も人が多かった。いずれにしても属人的な傾向は変わらない。ただ、担当者が不在のときに、若手の職員(あるいはアルバイト)がカウンターにおり、また不在になる場合にはどこどこに電話するようにと閲覧者に伝えるようになったことは重要だろう。あくまでもプライベート・アーカイブなので、利用者が「公的」論理に訴えることは無理であるが、利用者としての意見を少しずつ、慎重に伝えていけば、多少の改善はあるのかもしれない。
(2)公開档案内容
ここで公開している档案は、以前より減少している。陽明書屋時代末期が一番多くの档案を閲覧できた。その後の予算と人員の削減で、戦後の部分などはほとんど見られない。
今回閲覧したのは特殊档案であった。興味深いことに、シベリアに抑留された日本兵の様子を伝える档案である。これらはシベリアにおける領事館やスパイからの報告であるが、彼らの視点から見ても相当過酷な状況に見られたようであった。

コメントは受け付けていません。