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9月13日(火)

朝から今年はじめにおこなわれた外交史研究会の出版用原稿の手直しを進める。なかなか終わらない。明日の14日までに仕上げる原稿が3本とは多すぎる。

朝8時15分に待ち合わせて、中国科学院文献情報中心へと向かう。歩いて20分ほどで到着。雨がぱらついている。ここに行く目的は、以前、新潟の井村先生が主催したシンポジウムにいらしていた同中心の方が、ここに大量の満鉄史料があるとしていたためである。建物はきわめて立派である。正面突破で閲覧室に行って聞いてみるが、公開していないらしい。そのまま、新潟で知り合った胡智慧研究員のところへ。事前に連絡していなかったこともあり不在。李宏研究員によくしていただいて、何とか羅琳・研究館員のところまでたどり着く。彼がウェブサイトなどでも、古い資料の責任者として名が出ている人物である。彼は「非公開」、「参観もだめ」という原則を繰り返す。だめなのだろう。彼らの理由は、いちいち日本人一人一人の個別テーマにつきあっていられない、とのこと。こちらが、研究ではなくて、史料それ自体の概要や現在の保存状態を知りたいということを言うと、見せられないが紹介文をあげることはできる、と言われる。羅琳「中国科学院図書館与日本在華“文化侵略機構”」(中国科学院文献情報中心『夯実学科化知識服務能力-中国科学院分権情報中心2004年度学術年会論文集』同中心、2005年)というものである。内部発行ものではあるらしい。詳細は省略するが、それによればここには約4万5千種以上の満鉄の調査報告があるようである。満鉄の調査記録はもともと8万種あり、シベリアやソ連関係のものはソ連に接収され、残りが中央編訳局、鉄道部鉄道科学研究院、そしてこの中国科学院ということになったようである。鉄道部鉄道科学院はマークが必要である。

満鉄の史料が見られなかったことで、閲覧の方針を切り替える。民国期のものなどを探し出すと、この図書館が歴史関係など、社会科学、人文科学の図書を相当完備した、それもきわめて利用条件のいい図書館であることがわかる。そして『廣播週報』にたどり着き、雑誌コーナーにいくと、そこに無造作に配架されている膨大な民国期の雑誌群を発見。本当に驚く。信じられない量の蔵書群である。複写は一枚2.4元とお高い。写真をとっても同額とるという。しかし、それにしても、大量である。驚いたのは民国2年、3年の『留美学生季報』や、日本統治時代の華北の『中国留日同学会季刊』があったことである。この図書館は今後、大いに利用させてもらうことにする(ただし、『廣播週報』などは北京大学図書館に全冊そろっており、複写するならこちらでしたほうがはるかに安い)。

昼過ぎに勺園に戻る。午後は、明日の北京師範大学の講演原稿を書く。なかなかすっきりとできない。5時に原稿を戴君に手渡す。

20時ごろから、王府井から東単の南側にできた東方広場のレストランへ。北京大学周辺の渋滞には辟易する。入り口と出口を近づけすぎている、と運転手。食事の相手は、北海道大学の卒業生で、いま北京で働いているE君と食事。日系企業の「現地化」の話や、中国での料理の注文の難しさを話しながら、持参した「五粮液」を痛飲する。楽しい時間であった。勺園には11時過ぎに戻る。

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