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9月21日(水)

『参考消息』などに、日本外務省が中国に対して「大衆外交」を展開すべく35億の予算を計上したという報道がなされている。また、『環球時報』は「小泉総理が自分の子飼い議員を養成している」と吉田学校ならぬ小泉学校ができていることを大々的に報じている。

茅先生の学生さんと天津に向かう。8時55分の列車。北京大学からの道が渋滞で、二環路でおりて地下鉄で北京液に向かう。ぎりぎり間に合う。車内で張建華さんの論文を読む。中国における不平等条約認識のもの。日本の条約改正との関連性がこれからの焦点となろう。張さんは、北京大学の若手の教員である。天津の駅に張思さんが迎えに来ている。南開大学では専家楼にはいる。たいへんよい設備である。ネット環境もいいし、洗濯機なども部屋内にそろっている。一泊400元という。決して高くはない。

大学に向かう車内で朗報がもたらされる。天津市档案館が顧維鈞関係資料の閲覧を認めてくれたのである。張先生が三点も書類をつくってくだり、可能となる。しばらく部屋で仕事をして、会議場に向かう。張さんの修士課程の学生さんが先導してくれるが、やはり華北農村を研究しているという。会場に着く。40-50人くらいの学生さん、また数名の教員がいるように見受けられる。李永勝『清末中外修訂商約交渉研究』(南開大学出版社、2005年)をいただく。きわめて興味深い一冊。王爾敏さんのものと比べてみたい。

歴史学院での講演は「近代中日関係的展開与中国外交史的形成」という内容。やや抽象的な議論。学生からは、台湾問題、琉球問題、また長崎貿易の問題などの質問が出る。あとは外交史料のことなど。講演終了後、張思さんが調査研究室に案内してくださり、ある档案史料を見せてくださる。それは、かつて満鉄が調査したことのある河北省昌黎県のある村の档案史料であった。ここはフィリップ・ホワンも例の華北に関する本で触れている。その档案史料は膨大で、1960年代から80年代に至るもの。村の財務史料、領収書、個人の工作資料、自己批判文書など多数に上る。整理は初期段階であるが、大いに研究の可能性の有る資料群であると思う。

夜の宴会は湖北料理。天津社会科学院の張利民先生や南開大学の江沛先生もいらっしゃる。張思さんも白酒を多く飲まれる。珍しい。天津の状況、各地のシンポジウムの成否、またいろいろな噂や人事、そのほかの話が飛び交う。いつものことであるが、こういう場で知る内容はあまりにも「濃い」。

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