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アジア政治論・質疑応答(4)

アジア政治論・質疑応答(4)

■授業の進め方など
・時事問題で時間を使いすぎ、授業内容をあせって進めていたのでは?(3年男子)
⇒まったくおっしゃるとおりです。気をつけます。

■ 靖国問題
(1) いまの日本の若者の歴史知識と想像力の欠如こそが問題。それを如何に涵養するかが問題のはず。(M3男子)
⇒それはそのとおり。歴史教育の問題ということでしょう。ただ、その歴史教育の現場が・・・本当は教科書をどうにかしても解決できない。大学の教養で世界史と日本史の補修授業をおこなうべきであるというのが小生の考えなんですけどね。
(2) 罪人や死者に対する考え方が日本と諸外国では違うのではないか。日本の文化を諸外国におしつけるつもりはないが、やはりアジア諸国は自分の国のことばかり考えすぎなのではないだろうか。(三年女子) 
⇒これは確かにそのとおりです。中国の場合、死者もまた評価の対象です。死者も、名誉回復したり、名誉を失ったりします。台湾の独立派の先祖の福建にある墓は数代前まで遡って暴かれ、骨が砕かれ、足蹴にされました。それに対して日本では、死者は神様。死人に鞭打つようなことはしてはいけない、といった雰囲気があります。ですから、日本の主張を中国などにわかってもらうのはなかなか難しいわけです。ここで二つ問題があります。第一は、それを如何に理解してもらうか、あるいはどうしてこれほど交流が盛んなのに理解してもらえないのかということです。ここで考えなくてはいけないのは、留学生をふくめ日本は日本の立場を説明してくれるような外国人留学生を育ててきたかという問題があります。海外で、反日であるにせよ、日本が何を考えているのかを説明する人材、そういう人材を養成してきたのでしょうか。特に外国人に。それを怠った「つけ」がいま来ています。闇雲に留学生を10万人呼べばいいというわけではありません(いまは8万人)。また友好友好といって表面的な交流をすることだけに予算を費やしてもいけません。第二の問題は「文化」を以って説明することが妥当かということです。「文化」を口にしたら、外交の場における対話は失われます。天安門事件に際して、中国がこれが中国4000年の文化だと言ったらどうしますか。文化は相対的なものですし、相互に尊重すべきものです。したがって、きわめてデリケートです。ここは注意しなくてはいけません。
(3) A級戦犯を別祀した場合、いかなる批判があるのか(4年女子、4年男子)
⇒中国自身が裁いた戦犯、つまりB級以下を祀っているわけですから、中国人民にとって忘れがたい人物がそこにいればいいわけです。その人物の墓に日本の首相が参ったということであれば、十分に「物言い」ができます。理由はいくらでも見つけられます。この問題は、何か解決の具体的な方法が提示されて、それを何とか解決すれば全体がおわるという代物ではありません。 
(4)愛媛玉串裁判にみられるように日本では宗教と政治は敏感に論じられてきたはず(4年男子)
⇒まったくそのとおりです。愛媛玉串料訴訟については、小生のような法律の素人でも聞いたことがあります。あれば愛媛県が県費で靖国神社と愛媛県後刻神社に玉串料などの名目で支出したことが問題となり、二審が合憲判決を出したにもかかわらず、最高裁で違憲との判断が下され、愛媛県知事が16万余を負担したわけです。この判決は物議をかもしました。ただ、いまでも敏感さはかわらず、参拝も常に問題になるわけです。ある種のリベラリズムが荒廃しつつあることがむしろ問題かもしれません。
(5)靖国参拝それじたいをとめられないのか(4年男子)
⇒そうですね。国内的な勢力問題を考えるよりも、対外的な配慮のほうが国益にかなうという判断を政治家がしてくれるといいですね。そのためには閣僚の大部分が川
口外相のように国会議員ではなくなる必要があります。しかし、そうすると議員内閣制が崩れてしまいます。他方、投票者である国民が「国益」「地域益」にある意味
で敏感になれば(短期的なものではなく、より長期的な、相対的なものに敏感になること)話がかわるかもしれません。「国益を最優先すべき」という議論の前に「国
益とは何か」という議論が必要かもしれません。
(6)欧米は靖国問題を如何にとらえているか(3年女子)
⇒基本的に関係ないし、無関心。しかし、華僑や韓僑の多いカリフォルニアなどではそうはいかないと思います。
(7)日中関係は「友好」にしかならないというのはどういうことか(3年女子)
⇒対等で、かつドライな(おたがいが国益を普通に主張しあえるような普通の国と国の関係)関係を築くことはいまのところ困難で、何はともあれ、友好を題目のように唱えて関係を構築するしかないのではないかということ。理由としては、日中関係が友好人士・友好団体を軸に動いているということなどによります。

■授業の内容
(1) シャム/タイについて
☆タイ政治については、今年度の1月末に早稲田大学アジア太平洋センターの村嶋英治教授の集中講義が予定されています。村嶋教授は現代タイ政治史の第一人者です。
・タイのような米輸出が主流の国でも人口が河川や海の周囲に集中しているのか(文3年女子)。
⇒人間が居住する条件は、基本的に水などの自然環境です。そうした意味では、東北タイ(イサーン)などは水がなく、土地が乾いているので人を養えません。あと北タイなど気候は悪くないのですが、いかんせん、居住可能な地域が多くないので人口は少なめになります。これは、山が海に迫っている南タイも同様です。やはり中部タイの平野部に人口が集中します。ただし、注意してほしいのでは、平野だからといって人口を多く養えるということではないことです。平野において重要なのは、むしろ排水です。湿地帯は伝染病などの関係で最も人が住めない地域になります。中国では、宋代に囲田とか圩田などができることで、湿地であったはずの江南の開発が進んだわけです。
・タイの国王は国の中でいかなる位置を占めているか(文三年女子)
タイの憲法をみたわけではないのですが、立憲君主制度であると思います。この点では単なる象徴になっている天皇制度とは異なるということになります。大国王に実権はありません。実際には民主制度の下に政治が営まれています。ただ、注意すべきは、タイ国王、特に現在のプミポン国王が国民から尊敬されていること、現在は政教分離を果たしているものの、もともと国王こそが仏教の宗教的権威であったということがポイントになります。タイではいまでも国民(男性)の三ヶ月間の出家を義務付けています(徴兵制はなく、兵役は抽選)。また、チュラロンコーン大学など主要大学の卒業生は国王から直接卒業証書を受け取ることになります。こうした点から見ると、タイの国王は国民統合、近代化のシンボルになっているようにも思えます。
・シャムが実質的に朝貢(上下関係をともなう朝貢)を中国に対しておこなっているということを知らなかったといえるのか。漢文が読めなかったとはいっても、中国の保護を求めたほうがよかったのではないか。(4年男子)
まず、シャムにとって中国の保護を求める必要があるかということがありますし、同時に中国がシャムまで兵を送れるのかという根本問題があります。中国にとって朝鮮半島やヴェトナムは派兵しやすいのですが、シャムとなると派兵は難しかったと考えられます。また、シャムにおいて朝貢を担当していたのはシャムの華僑たちであったとされています。彼らは、一定程度の税金をシャム王朝に納めることで貿易特権を手に入れます。またシャム王朝も官吏を商人に随行させますが、彼らはシャム文が広東で如何に訳されるかがわからないわけです。そうした意味で、漢文の世界にあるような「朝貢関係」はシャム側の意識にある対中国関係とは異なるということになります。
・シャムの(タイの)近現代の話を聞かせてほしい。日本さながらの近代化をおこなった国なのに、現在ではそこまで発展した国家という印象がない。(4年女子)
村嶋先生の講義を聞いてくださいという感じですが、まずここで言えることはタイは東南アジアの大国であって、また一人当たりGDPも3000ドルを突破して援助対象国ではないということです。それに民主主義を東南アジアでいち早く達成したということでしょうか。そうした印象をおもちでないということは、むしろ日本国内における東南アジア情報の隔たりを示しています。ただ、経済大国なのかといわれると、シンガポールやマレーシアよりは劣りますし、発展モデルとしても農産品の輸出でのびた面があり、工業化だけで所得水準をのばした地域とは異なっています。
・シャムの不平等条約改正・法典整備状況について(4年男子)
⇒1920年にアメリカとの間で締結した平等条約を皮切りにして条約改正が進みました。中国よりは早いということです。明治年間とほぼ同じ時期を統治したチュラロンコーン王は国王専制体制を築き、1932年の立憲革命で立憲君主政治へと移行しました。諸法の整備については詳細を知りませんが、法の継受という面から考えると日本からの影響が強いとのことです(日本人顧問が活躍したことで知られます)。

(2) 東南アジアの国家形態・朝貢関係
・波状国家について(4年女子)
⇒説明がわかりにくかったかもしれません。比ゆとして「水」を用いましたが、別に海の世界の権力のことだけをいったわけではありません。陸でも同様のことがあります。中国においても、別に境界を明確に定めなくとも、権力が波状的におよんでいくかたちは雲南をはじめ各地にみられたはずです。
・いまでもかつての朝貢関係のなごりはあるのか(3年男子)
⇒ご指摘のような、タイ=ヴェトナム>カンボジア=ラオスという漠然とした力関係はありますね。ただ、これは朝貢関係がいきているというよりも、実際のパワーバランスだと思います。

(3)中国関係
・なぜ中国人は海産物を必要としたのか(M3男子)
⇒これは当然出てくる疑問ですね。一般的に言われることは、中国の明末清初の食生活の変化ですね。中国に現在のような「中華料理」なるものが出現するのは宋代とされています。これは石炭火力の普及によります。このあと、「商業の時代」になって、唐辛子が中国に流入するなどして四川料理の原型が誕生します。海鮮については、当然漁村で食べていたわけですが、それが次第に内陸部まで普及していきます。干貝柱や干なまこが必要になった背景については、一説には宮廷料理が民間に広がったためだとされますし、一方では中国沿岸における乱獲のためといいます。ただ、こういった食生活に関する論文、あまりないですね。衣装についてはあるのですが。研究課題です。

(4)インドネシア
・もともと国があったのではないか(4年女子、4年男子)
⇒もちろんマジャパヒトなり、マタラムなり、古くはシュリビジャヤなり、いろいろな国がありました。ただ、これらはインドネシアという現在の国家の領域を支配したわけでもありません。だいたいジャワとスマトラの一部を支配した政権にすぎません。

(5)ヴェトナム
・阮朝はどうして中国式の国家モデルを採用する必要があったのか(4年女子)。
⇒確かにそのとおりです。やはり「権威化」をねらったのでしょうか。

(6)植民地支配一般
・シンガポールはイギリスがつくったのになぜ栄えているのか。香港もそうだが、イギリスが建設した植民地は栄えているという印象がある。(4年女子)
⇒そうですね。イギリスが統治をすると栄えるというイメージがありますね。どうしてだと思われますか。小生が大学院生のころ、「日本が植民地になるとしたら、どの国の植民地になるのがいい?」という問いがありました。選択肢は、イギリス・フランス・ロシア・アメリカ・中国・日本などなど。そうすると殆どの人がイギリスと答えるんですね。ともかく、日本と中国とロシアは嫌だと。イギリスの印象がいい理由にある意味でのリベラルさがあります。植民地出身者でも、勉強さえすれば、ある程度は出世できるという保障です。それに対してフランスは、フランスパンとコーヒー以外は何も残さずにヴェトナムから去ったといわれています。日本は、台湾では警官は日本人でしたが、医者と弁護士という線については台湾人を登用していました。イギリスは現地の人を登用していくのがうまいわけです。したがって、ある意味での「職陣地近代性」COLONIAL MODERNITYが比較的順調に育っていくわけです。しかし、一方で別の問題があります。イギリスの植民地統治の原則に少数派優遇政策というものがあります。現地のマイノリティを権力側に引き込んでいくという方法です。たとえば、現在でも日本人のインドイメージにインド人がターバンを巻いているというのがあるのは、イギリス人がターバンを巻いているシーク教徒を警察官などに登用し、彼らが上海など東アジアに赴任したからなのです。このような政策、たとえば現在においてもミャンマーにおいてカレン族が独立運動をするような戦後の分離運動を生み出していきました。インドにおけるカシミール問題などもその一例といえます。シンガポールが現在栄えているのは、「中国を捨てた勤勉な中国人がおおい」からでしょう。イギリスの教育は当然重要ですが、シンガポールについては、地政学的な環境と、戦後政治史における経験がそうさせた部分が大きいように思います。

(7)朝貢関係一般
・二重朝貢について、宗主国どうしが争うということはなかったのか(3年女子)
⇒これについてはあまり争いはありません。朝貢国が黙っているということもありますが、排他的な忠誠心を要求するということはあまりなかったのですね。要するにきちんと挨拶をしていればいいという関係なわけです。「支配」というもので解釈するのは難しいですね。

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