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韓国出張報告(2000.10.20-23)

 2000年10月20~23日に赴任先の北京から韓国・ソウルに出張した。途中体調を崩し、当初の予定を十分にこなすことができたわけではないが、イメージしていたものとは異なる韓国の雰囲気にふれ、同時に中国を相対化することができる、大変有意義な滞在となった。具体的な状況は以下の通りである。

(1)10月20日-移動と学生指導-

 今回の出張の第1の目的は、北海道大学に残していた学生の指導にあった。一人は札幌にて、一人はソウルにて仕事をしながら修士論文を執筆している。前者は「韓国の民主化とキリスト教団体」というテーマで明洞にある教会をケースに研究しようとしている。この学生に対しては北京にいらした池明観氏のコメントを伝えた。それは、キリスト教団体だから、民主化運動に関わったというわけではないのではないかということである。キリスト教団体であっても、民主化運動に関わらないところもあったのであるから、キリスト教のもつヒューマニズムだけで、そのケースを説明することができないのではないかということであった。史料を丹念に見て深めなければならないのである。後者は、昨今の「韓国における文化開放に関する議論のあり方と変遷」というテーマで、対日文化開放について当初は日本文化そのものに対する忌避感を論じていたものが、次第に市場論になっていくプロセスなどを扱っている。博士コースに進まない専修コースであることもあり、日本大使館広報文化院での史料収集などを促すに止めておいた。総じて、従来のイデオロギーや民族意識に囚われない研究が日本でもおこってきているということであろう。なお、後者の学生は東大門にある服飾卸売りヴェンチャー企業で契約社員のようなかたちで働いている。この企業は、日本と東大門の服飾市場の間に入って、ネットを利用した服飾販売を手がけている。プライオリティは、発注から発送までの早さと値段の安さ、そして日本側企業の出張費用をうかせ、殆ど同じ業務を代行する点にある。これは、東大門にある生地・デザイン・仕立て・卸売りなどの個人事業体と契約を結ぶことで実現される。僅か20名程度の従業員で大きな利益をあげているらしい。韓国のヴェンチャー熱の一端があらわれている。

(2)10月20日-戦争博物館-

 宿泊先であった梨泰院の付近にある戦争博物館を訪れた。朝鮮戦争50周年ということもあり、展示は見ごたえがあった。特に朝鮮戦争がらみのジオラマは、同戦争をリアルに知ることができるよい教材であった。東アジアが1930年代から50年代まで戦乱の中にあったのであり(ベトナムを入れればより長い)、平和になったのはこの数十年に過ぎないこと、日本人の45年分断史観が日本人の東アジア現代史観を歪めていることを実感できた。展示内容は、当然ながら「民族史観」に基づいたものとなっている。ちなみに、上記のキリスト教を研究している学生の父君が北から南に移住してから朝鮮戦争に加わり、仁川作戦に加わったこと、この結果「韓国人」になったことなどを聞き、日本は45年に戦争が終わったため、だいたい1970年代生まれともなれば両親も戦争から脱色されているのに対して、韓国では70年代生まれでも家庭の中に色濃く「戦争」「争乱」の影が落されていることを感じた。

(3)10月21日-韓国日本文学会国際学術シンポジウムに参加-

 国際交流基金日本研究部の馬場氏の紹介で、同基金から駐韓日本大使館広報文化院に勤務する一寸木氏に会うことができ、同氏の紹介と案内で上記シンポジウムに参加した。会場はソウル市の北側に位置するサンミョン大学(付近に大院君が使用していたという別荘がある-現在は料亭になっている)。このシンポジウムは、「韓国に日本文化を如何にいれるべきか」といったテーマで、韓国を代表する日本研究者、日韓関係を研究している(日本では必ずしも知られていない)学者、マスコミ関係者などがパネラーとなっており、最終的にはやはり日本の植民地支配がどうのという話しになってしまい拍子抜けしたが、数多くの蒙を啓かれる議論があった。以下、簡単に感想をまとめてみたい。

①「日韓は順調」という議論には慎重な対応が必要

 現在、東アジアにおいては、日韓関係および日台関係が順調、多少日中関係が最悪状態に有るという言説がある。また中韓関係が良好であることから韓国が東アジア国際関係においては韓国がキーとなるという見方がある。こうした指摘は一面では正しいが、必ずしも全面的な理解ではないようである。以前、韓国側は日本に対して「従軍慰安婦、独島、植民地支配」問題などを常套手段として民族主義や国家主義をあおっていたが、昨今は確かにこうした単純な物言いは多くないようである。しかし、それは日本に対するある種の思いが「氷解」して、普通の対話ができるようになっている状況になっているというわけではない。事態はそれほど単純ではないようである。世代、個人的背景、家庭背景などに裏付けられたさまざまな事情で複数の意見が混在する状況にあり、社会がコンセンサスを得ていない状況にあるのである。こうした意味では依然慎重な姿勢が求められる。こうした状況は台湾とは異なっている。台湾の若者が相当なレベルで「脱色」していることに比べれば全く異なる状況にある。

②日韓友好への危険性

 全ての人が、日韓関係は昔よりもよくなっていると話している。それは金大中の訪日や、ワールドカップの共同開催により象徴付けられている。また日本側の韓国観も変化し、旅行者の男女比がほぼ同じになったことから、日本人にとって韓国が「普通の国」になったとされている。しかし、サンケイ新聞の黒田氏が述べていたことにも通じるのだが、このような一種の国策により方向付けられた「対外観」は果たして長続きするのだろうか。大統領のこともあるし、ワールドカップもあるから、対日関係をよくしなければならないというのでは、大統領が退陣しワールドカップが終わったあとはどうなるのだろうか。いまの韓国人の対日言説を見ていると、「友好」「親善」的な雰囲気が漂っている。このような方向性は、「友好」を20年間標榜しつづけてきた日中関係がコミュニケーション破綻状況になっていることに鑑みれば、如何に不安定であるか気づくであろう。今後、日韓両国が友好の美名の下に、プラス面だけを強調した関係を気づいていくことについては、危険を覚える。

③日本への熱い思い

 シンポジウムで多く出てきた議論に、日本のマスコミが韓国の情報をきちんと伝えていないとか、伝えていても悪いニュースばかりだということがあった。これはサンケイ新聞の黒田氏が韓国のマスコミの日本報道のバイアスを指摘したことに対する反発であったようである(黒田氏が指摘したのは韓国の駐日記者が日本の状況をそのまま伝えるというよりも、ある見方として個人的見解をいれこんでいるというものであった)。興味深かったのは「日本の人々の正しい韓国を知ってもらいたい」ということを唱え、それを日本人にお願いするという構造であった。勝手な考え方をすれば、韓国が文化交流機関を使って、日本で「正しい情報」の伝播に務めればいいと思うのだが、そのような議論は一切なされなかった。日本に深く入り、そこから物を考えている風であった。

④「韓国は大丈夫か」という議論-韓国文化とは何か-

 四方田犬彦氏の議論もそうであったが、韓国における日本文化の受容は「韓国の側の準備状況」ということが議論の焦点であったようである。日本専門家の集まりでの議論であるから日本文化そのものが「邪悪」だとの議論にはなりにくいし、また経済専門家がいるわけではないので「市場」の話にはならない。朴教授は、韓国では何が韓国文化なのかということについて十分な理解と議論が無いので(特に韓国文化の中に入り込んだ日本文化を炙り出して取り除き、そのうえで純粋な韓国文化を築いていないので)、そのような状態で日本文化を入れていくことは危険だと発言した。四方田教授は、数年前は日本映画の韓国流入が韓国の若手映画人たちのマーケットを奪うのではないかと感じたが、現在では十分に若手が育っており問題無いと発言している。しかし、このような状況は、韓国における人文科学そのもののありかたを示しており興味深い。すなわち「文化」などという曖昧模糊とし、極めてイデオロギーに近い概念を、殆ど相対化しない状態で用いている韓国の現状について、本当の意味でのポストモダンが輸入されることが求められるのではないかという感じがした。こうした意味ではブルデューの理論で日本の進学校の同窓会組織を扱った金順姫教授の議論が面白いのであるが、彼女が日本ではなく韓国であのようなスタンスがとれればよりよいように思う。韓国でも議論としてポストモダンが入っているのであろうが、民族主義に触れる部分はポストコロニアルな議論に摩り替えてしまっているのだろう。韓国のようなホモ社会に、地域文化や多様性をとくのは難しいかもしれない。だが、それをしないと、自国文化も相対化できず、外の文化も相対化できないのではないだろうか。

⑤テレビアニメをめぐる議論

 このシンポジウムで比較的「盛り上がった」議論にテレビアニメの問題がある。朴教授は日本のテレビアニメを見ることで、韓国の若者の思考様式が「日本化」すると言い、またある教授は自分の子供がアニメばかり見ていることに漠然とした危惧感をもっているといった議論をしていた。この議論は、韓国における対日本文化開放論に関する具体事例として大変興味深い。だが、大変興味深いことは、日本のテレビ番組の問題が単純にアニメと青少年の問題に還元されていた点である。たとえば台湾では戦後間も無い時期から日本映画や漫画を受容してきた。ここでは、たとえば「ヴェルサイユの薔薇」が戒厳令下でも頒布されつつも、一方で政府の方針で搭乗人物の髪の毛が切られていたり、きわどいシーンがぼかしてあったりしたが、だからといって台湾人の思考様式が日本化したというわけではない。日本人も欧米人のつくったテレビ番組を見たら欧米人化するかといえばそのようなことはない。だが、この点は韓国人とて十分に分かっていることであろう。では何故そこまで韓国人が日本文化なるものを警戒するのか。一つには、朴教授が指摘したように日韓双方の文化が「近いから」かもしれない。だが、本質は違うところにあるように感じた。それは韓国における青少年観についての問題である。もし、日本文化が流入すれば、大量のホームドラマが韓国にも入ってくることであろう。たとえば台湾でも、主婦層が「わたる世間は…」シリーズなどを愛好しているが、無論「台湾欧巴桑(おばさん)」が日本化するわけではない。韓国では、大人は日本文化の影響を受けない、あるいは危険ではないと考えられ、青少年だけが問題として議論されている。これは韓国において青少年が「無垢」で影響を受けやすいといったようなイメージ、すなわち「韓国の青少年観」あるいは「韓国における大人と子供」があるからであろうし、このアニメ問題も実はこうした社会の基層部分の問題なのではないかと感じた。

⑦韓国文化再構築

 議論の中で刺激を受けたことの一つに静岡大学の馬井教授の発言がある。それは「問題は韓国における文化の再構築に日本が何をできるかということである」という発言であった。馬井教授はここ数年韓国における青少年の意識を社会学的に調査してきた研究者であり、必ずしも韓国研究者ではないためやや日本人的な見解を述べる場面があったものの、それでも地に足のついた発言をしていたパネラーであった。この発言は、中国で勤務する筆者にとっては刺激的ある。というのも、日本の対中文化交流事業に殆どこのような発想が無い、あるいはそもそも中国における文化の再編ということはあるのかという問いが想起されるからである。中国における日本学を考えるとき、中国における文化の再構築の中に如何に位置付けるかということは、実に悩ましい。中国では確かに文化の変遷は生じている。だがそれは多元化とか再構築といったものではなく、むしろ一元化、平面化といったもののように移るからであり、そして柔軟なものというより高度に設計化されたもののように感じられる。こうした「設計」の中に日本を位置付けることは難しい。だが、台湾などの周辺諸国・地域に対しては、馬井教授の問題提起は適切であるし、また将来の中国にとっても実に示唆的な提言であるだろう。

⑧日韓関係に埋没しないこと

 議論を一通り聞いて感じたことの一つに、議論が日韓に過度に埋没しているということがあった。たとえば、朴教授が提起していた日本語事情の教材開発などは中国や台湾でも問題として提起されているところであり、また多々議論のあるところである。だが、今回の議論の中で一度も日韓以外の国や地域との比較や、あるいは広域的な視点からの考察が見られなかったことは極めて印象的であった。英語で日韓問題を議論するのでもよいし、あるいは少なくとも東アジア各地の日本研究者が集い、共同事業をおこなうプロット(必ずしも日本人が入る必要は無い)を立ち上げていくことをすればよいように思うのだが、そのようにはいかないのだろうか。

⑨韓国における日本研究のありかたの中国との違い

 日本研究の水準としては世界有数であることはよく理解できる。「韓国日本文学会」という学会が存在することじたいがその証左である。だが、アメリカのジャパノロジーとは異なる位相を有している。それは、韓国の日本研究が日本でおこなわれている諸研究への接近を試みており、韓国だからできる日本研究とは何かということについての意識が比較的乏しいということである。これは韓国における「日本」が近すぎる、あるいは大きすぎるということもあるだろう。中国では、少なくとも韓国よりは日本を突き放しているので、「外からの視点」を議論できる。無論、韓国の日本研究は中国には見られないほどの「基礎固め」ができているとも言える。中韓双方の日本研究者の交流が望まれる。

(4)張寅性・ソウル大学外交学院助教授との会食

 22日の晩に張寅性教授にソウルの民家形式のレストランに案内していただいた。外交学院の様子や対外交流のことなどを話したのだが、議論といえるのは教科書問題であった。実は一橋大学社会学部の一部の教員と、外交学院の一部教員の間で、三年計画で教科書問題を議論し、可能であれば共通の教科書を作ろうとしたというのである。しかし、結果は「止め」であった。コンセンサスが得られなかったというのである。この問題についての筆者の持論は以下のとおりである。筆者は、中韓台日で共同チームをつくり、日本側が①侵略、②慰安婦の記述について全面的に先方に任せ、③虐殺は15万人という記述にし、日本側の見解や動向は注記にして記していくという案である。そして、教科書試案を複数作成し、少なくとも計画に加わった者が使用して経験を積み上げていくという「運動」をおこしていくということである。無論実効性に限界はあるが、できることはここまでであろう。これについて張教授の判断は、そのような「ある意味で冷静で合理的な」、そして「できることをやる」といった方向性は、逆これまでの「思い」のある韓国人にとっては、むしろ受け入れられないのではないかということであった。これは難しい問題である。すなわち、教化諸問題を問題として「処理」してしまうと、むしろ感情を汲み取らないということになってしまうのである。日韓が共通の地盤で議論するにはまだ工夫が必要である。

(5)大嶋英一・駐韓日本公使(広報文化院)との懇談

23日午前に大嶋公使を広報文化院に尋ね、一時間ほど御時間をいただいた。オフレコでの会話であると認識しているので、多くは記さないが、①今回の韓国訪問の感想、②南北問題を含む東アジア情勢、③文化交流のありかた、などについて懇談した。特に印象的であったのは、日韓に埋没している状況からの脱却という点でシンパシーを得られたこと、またそれについて具体的な施策についての議論ができたこと、そして東アジア情勢、中国の半島政策についての意見交換ができたことなどであった。(了)

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