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9月10日(土)

朝、今日両岸三地の大学院生会議でコメントをする三つの論文を読む。興味深いが、ちょっとテーマ先行か。

朝8時15分に待ち合わせるが、少し会場に着くのが送れる。会場は二つあり、中規模の会議。
両岸三地の会議。外交関係のセッションは第二セッションだけ。しかし、外交史のセッションがあるだけこちらからすればうれしいことである。張凱(首都師範大学)「晩清外国人入籍中国考」は、テーマも大きく、構想も壮大だが、可能性を感じさせるものであった。特に、太平天国の乱で曽国藩や李鴻章側について戦ったアメリカ人が、最終的に「中国人」として朝廷からも(恩恵として)認知されていく過程は極めて面白かった。ただ、東南アジア華僑と朝鮮からの朝鮮の人々の流入と、アメリカ華僑の問題を一緒にしているあたりなどが、気になった。孫昉「晩清中国用条約強化中朝宗藩関係的努力」は、目の付け所がよく、「条約」で宗藩関係を強化したという茂木敏夫さん的な論点の提示である。中国にもこの議論がはいってきて久しい。しかし、それにしても史料が乏しいため、全体を大きく扱うようになり、議論が粗くなる。馬建忠などについても十分議論されていない。任天豪「消極接受与積極擁抱:従胡維徳、王正廷対巴黎和会的参与看中国外交官世代観念的差異」は、台湾の学生だけあって、史料については興味深い使い方をする。呉景濂档案(公刊物)を使って、外交官たちの関係を扱うというのは盲点であった。ただこういった世代間比較というのはなかなか難しい。代表性の問題など、議論は尽きない。また他の世代との関連、一貫性という問題もある。全体の討論も活発。唐啓華、茅海建先生らのコメントは秀逸。

昼から部屋に戻り、期末の採点を継続。ようやく学部4年生の採点終わる。また、今年の冬におこなった中国外交史のシンポジウムの原稿の書き直しを始める。他の方々の原稿はそろっている。こちらもなかなか進まず。

夜、北京の日系の新聞記者の方と食事。行きつけの潮州料理屋に行く。少し味が落ちたかと思うが、客人には気に入ってもらえたのではないか。日中関係とマスコミの責任という論点には、頭が痛い。また、久しぶりに呉青先生の名前を聞く。彼女は、北京外国語大学の英米科の先生。以前、北外にいるときにパーティか何かでお会いして、インタビューを申し込んだが、それっきりになっていた。彼女は、いま全人代の代表、また冰心の娘さんでもある。だが、小生が関心をもっておるのはお母さんの冰心ではなく、父上である呉文藻。彼は、実は1945年から中華民国の駐日代表団の随員として日本に居た。娘である呉青さんも日本に居た。その後に大陸に来たのだが、それもあって、いまでも呉青さんは日本語を話す。呉文藻さんの思い出、当時の代表団の様子などを聞けないかと思った。勺園に戻って早速外大側に打診した。

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